第13話 なにこの赤ちゃん

「助かったよ、お姉ちゃん」

「どういたしまして。……でも、どうすればいい?」


 さすがに赤子を放置していくわけにはいかないと思ったのか、少しだけ悩ましげに眉根を寄せる少女。


「もしかしてファナお姉ちゃんは冒険者なの?」

「ん。そう」

「じゃあ今から冒険者ギルドに行くのかな」

「行く。よく知ってる」

「僕、冒険者になりたいんだ」

「そうなんだ。頑張って」

「だから冒険者ギルドに連れていってもらいたくて」

「見学するの?」

「ううん。冒険者登録するんだ」

「…………その歳で?」


 ともかく俺は冒険者ギルドまで連れていってもらえることになった。

 やがて見えてきたのは、三階建ての結構しっかりした建物だ。


 中に入ると、汗とアルコールの匂いが鼻を突く。

 酒場が併設しているらしく、一仕事終えた冒険者たちがすでにそこで酒盛りをしているようだった。


 ガヤガヤと騒がしいギルドのロビーだったが、その視線が次第にこちらに集まってくる。


「見ろよ、ファナ嬢だ」

「相変わらずの美少女だな……お近づきになりたいぜ」

「はは、お前なんか、軽く一蹴されて終わりだろ」

「しかし男の噂とかまったく聞かねぇよな」

「ずっとソロでやってるし、男どころか、そもそも人間自体に興味がないんじゃねーか?」

「それはあり得るな。……ん? 彼女、何か抱えてねぇか?」

「あれは……って、赤子!?」

「まさか、子供がいたのか!?」


 どうやら彼女は冒険者たちの間では有名な存在だったらしい。

 確かに美人だし、お近づきになりたいと考えている男が多くてもおかしくないだろう。


 お陰で注目されてしまう。

 だがファナはまったく気にすることなく、受付窓口まで俺を運んでくれた。


「イリア」

「あ、ファナさん、今日はどのような御用ですか?」


 対応してくれたのはこれまた美人な受付嬢だった。

 イリアというらしい。


「わたしじゃない。この子」


 そう言って、ファナは俺を窓口の上に乗っけた。


「あら、可愛らしい赤ちゃん」


 受付嬢の顔がほころぶ。


「すごくかわいいでしゅねー。よしよーし」


 子供が好きなのか、赤ちゃん言葉で俺の頭を撫でてくる。


「この子、どうされたんですか?」

「街の外で拾った」

「……拾った?」

「うん。いきなり話しかけられて」

「話しかけられ……? ああ、自分では育てられないからと、お母さんがファナさんにお願いして……」

「違う。この子が話しかけてきた」

「……はい?」

「冒険者になりたいって」

「ええと……言ってる意味がまるで理解できないんですが……」


 困惑しているようだったので、俺は自分で説明しようと口を開く。


「受付嬢のお姉ちゃん、冒険者になりたいんだけど、登録できる?」

「ふふふ、ごめんなしゃいねー、さすがにもうちょっと大きくなってからじゃないと……って、赤子が喋ってるうううううううううう!?」


 受付嬢は仰天のあまり椅子から転げ落ちそうになった。


「ちょっ、どどど、どういうことですか!?」

「見ての通り。この子、しっかりしてる」

「こういうの、しっかりしてるって言いますかね……?」


 戸惑い切った顔をしている受付嬢に、俺は訊ねた。


「冒険者登録って、別に年齢制限とかないよね?」

「た、確かに、誰でも試験を受けることはできるけれど………たとえ受けたところで、受かるとはとても思えないというか……」

「試験? 今って冒険者になるのに試験があるの?」

「今とは……?」


 詳しく聞いてみると、現在は冒険者になるため、実技と筆記、この二つの試験を突破する必要があるらしい。

 前世の頃は受付窓口に行きさえすれば、それだけで冒険者になれたのにな。


「その試験って、年齢制限があるの?」

「せ、制限はないわ……。ただ、赤子が受けるなんて、前代未聞すぎるっていうか……ちょっとギルド長に確認してきてもいいかな? いや、よかったら一緒に来てくれる? 話だけじゃ、絶対に信じてもらえないから」

「いいよ。じゃあ、ギルド長のところまで案内してよ」


 俺はそう言って、窓口の上から飛び降りる。


「あ、危なっ――」

「大丈夫だよ」

「……」


 しっかり着地を決めた俺に、受付嬢は「ほんとなにこの赤ちゃん……」と呻くように言った。

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