第12話 すごく珍しい

「そろそろいいか」


 愛杖に乗って空を飛ぶこと数時間。

 かなりの数の街や村を超えてきたので、さすがにもう生まれた領地の外には出たはずだ。


「おっ、向こうに街が見えてきたな。ちょうど良さそうな規模だ」


 大都市とまではいかないが、それなりの大きさの都市だ。

 きっと冒険者ギルドもあるに違いない。


 眼下に城門が近づいてくる。

 怪しい人間が街を出入りしていないか、衛兵たちが検問をしているようだった。


『マスター、その姿のままで街に入るつもりですか?』

「そのつもりだが……マズいかな?」

『生後二か月の赤子が、一人で歩いて入り口の検問を通過しようとしていたら、ちょっとした騒ぎになるかと』

「そうは言っても、しばらくあの街で冒険者をするんだから、見慣れてもらうしかないだろ?」

『……大人しく変身魔法を使えばいいのでは?』

「いやいや、せっかく赤ん坊から再スタートしてるってのに、いきなり大人の姿になっちゃうとか勿体ないじゃん」


 とはいえ、確かに騒ぎになってしまったら面倒だ。


「そうだな……おっ、ちょうどいいところにちょうど良さそうな人がいたぞ」


 俺はいったん地面に降り立つと、目の前の街道を歩いていた彼女に声をかける。


「ねぇねぇ、そこのお姉ちゃん」

「……?」


 キョロキョロと周囲を見渡す彼女だが、誰も見つけられずに首を傾げた。


「ここだよ、ここここ。ほら、足元」

「……赤子?」


 十代後半くらいの女の子だ。

 綺麗な長い銀髪と透き通るような青い瞳が特徴的で、腰には左右に一本ずつ、計二本の剣を提げている。


「うん、そうだよ。こんにちは、初めまして」

「こんにちは。……赤子が喋っている?」


 思った通り感情の薄い子らしく、この状況にも大して驚いていない。

 ただ、近くに誰か別の人がいて、腹話術でもしていると思ったのか、再びキョロキョロと周りを見回していた。


 ちなみにリントヴルムは今、隠蔽魔法を使って見えないようにしていた。

 狼かーちゃんのように、警戒させてしまう可能性があるためだ。


「そうそう。喋ってるのは僕だよ」


 俺は笑顔で手を振ってみた。


「こんな赤子いる?」

「いるよ、見ての通り」

「初めて見た。すごく珍しい」


 リントヴルムが呆れたように念話を飛ばしてくる。


『……珍しいで済むような話ではないかと。この少女もなかなかぶっ飛んでいるようですね』

『俺の予想通りだ。魔力を見ればだいたいそいつの性質が分かるからな』


 まずは喋る赤子の存在を受け入れてくれないと、話が始まらないから助かった。


「それで何か用?」

「実はちょっと困ってて」

「ママと逸れた?」

「逸れたっていうか、捨てられたんだ。けど、それは別に困ってなくて。困ってるのは別のこと。あそこの街に入りたいんだけど、この赤子の姿だと面倒なことになりそうなりそうで」


 少女は「捨てられた? 可哀想」と無表情で呟いている。


「それで、できたらお姉ちゃんに手伝ってもらいたくて」

「何すればいい?」

「僕を抱えて、街の中まで連れてってもらうだけでいいんだ」

「それくらいお安い御用。どのみち今から街に戻るところだった」


 そう言って、少女は俺を抱え上げてくれた。


 ……ふむ、服の上からだとあまり分からなかったが、意外と大きいな。

 何がとは言わないが。


 せっかくなので顔を埋めさせてもらうとしよう。ムフフ。


『マスター? その必要性は?』


 必要も何も、赤子にとって当然の行為だろう。


「ところでお姉ちゃん、お名前は?」

「わたしはファナ。君は?」

「僕はレウスだよ」

「レウスは今いくつ?」

「二か月くらいかな」

「そう。しっかりしてる」


 そうして少女――ファナに抱かれながら無事に街の城門を通過する。

 検問の衛兵と「その赤子は……? まさか嬢ちゃんの子供か?」「ううん、拾った」「拾った? そうか……」というやり取りはあったものの、深くは追及されなかった。


 街の外に捨てられていた可哀想な赤子を、少女が保護したとでも思ったのだろう。

 ともかく、これで何の騒ぎもなく都市に入ることができたぞ。

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