第11話 内側から破られているような

「ガリア様! メリエナ様! 向こうにそれらしきものを発見しました!」

「ほ、本当か!?」

「本当ですの!?」


 配下の報告を受けて、ブレイゼル家の当主夫妻は、すぐさま馬を走らせた。

 彼らを含めてたった数人だけの、お忍びの一団である。


 彼らのすぐ目の前には大森林が広がっていた。

 ブレイゼル家領地の北方を覆い尽くす、危険な魔境の森だ。


 凶悪な魔物が多数棲息するこの森に、信じられる少数の家臣だけを連れてやってきたのは、他でもない。

 この森の近くに捨ててしまった、我が子を捜すためだった。


 しかもその子供こそが、本当の大賢者の生まれ変わりかもしれないのである。


「っ! この箱は……」

「はい。恐らく間違いありません」


 森のすぐ傍で発見したのは、小さな箱だ。

 その中には揺り籠らしきものが入っていたが、肝心の中身はもぬけの殻だった。


「くっ……やはりか……」

「ああ、レウス……」

「箱の蓋が破られています……恐らく、魔物に襲われたのかと……」


 赤子の小さな身体だ。

 丸ごと呑み込まれてしまった可能性もある。

 そうなると遺体すら見つからないだろう。


 そもそも、たとえ魔物に喰い殺されていなかったとしても、生後間もない赤子が二か月も放置され、生きていることなどあり得ないことだった。

 それでも一縷の望みに賭けてここまでやってきたのだが……どうやら徒労に終わってしまったらしい。


「一体、どうすれば……このままだと、我々が大賢者様を殺してしまったことに……」

「っ……そんなことになったら、ブレイゼル家はお終いですわ……っ!」

「な、何としてでも、それだけは隠し通さねば……っ!」

「……そ、そうですわねっ! 最初からいなかったことにして……」


 我が子の死を悲しむどころか、二人の頭の中は自分たちの保身でいっぱいのようだ。

 そのとき、配下の一人があることに気づいた。


「あれ、おかしくないですかね、これ……? この蓋、内側から破られているような……」


 近くに落ちていた箱の蓋。

 厳重に密閉されていたらしいそれをよくよく観察してみると、内側に何か強い衝撃でも加わったかのような大きな凹みがあった。


 一方で、外側から抉じ開けられたような形跡はない。

 一体どういうことだと一行が首を傾げていると、


「グルルル……」

「「「っ!」」」


 森の中から姿を現したのは、全長二メートルを超える狼の魔物だった。


「こいつは……ナイトメアガルム!?」

「き、危険度Aの魔物だと!?」

「いや、だがまだ子供のようだ……っ!」

「それでも危険度Bはあるぞ……!?」


 ナイトメアガルムと呼ばれる漆黒の狼は、この森の固有種だ。

 単体でも凶悪な力を持つのだが、群れでの高度な連携ができるだけの知能も兼ね備え、ここ魔境でも非常に厄介な魔物だった。


 それでもこちらは凄腕の魔法使いであるガリアとメリエナを初め、精鋭ばかりの一団だ。

 相手が一体だけであれば、難なく退けることができただろう。


 しかし、


「「「グルルル」」」


 次々と姿を現すナイトメアガルムの子狼たち。

 さすがの彼らも厳しい戦いを覚悟した。


 だが魔境の恐怖はこれで終わらなかった。

 少し遅れて、子狼たちとは比較にもならない圧倒的な存在感と共に、それが姿を現したのだ。


「「「~~~~~~~~~~っ!?」」」


 全長はゆうに七、八メートルはあるだろうか。

 ナイトメアガルムと同様、漆黒の毛で覆われているのだが、額の辺りにだけ三日月状の黄色い毛が生えていた。


「ナイトメアガルムの成狼……?」

「ち、違う……こいつはそんな生易しいものじゃない……」

「この魔境に棲息する森の主の一体っ……き、危険Sのルナガルムだ……っ!」


 気づけば全員がその場に尻餅をついていた。


 戦おうという気など端から起きない。

 絶望的なほどの力の差を本能的に理解し、誰もが身動きを取ることすらできなかった。


 そのルナガルムがゆっくりとガリアたちの元へと近づいていく。

 口を開ければ、一瞬で丸呑みできてしまうような彼我の距離だ。


「ひっ……」

「こ、来ないで……」


 殺される。

 誰もがそう確信した、そのとき。


 スンスンスン。


「……?」


 鼻先を近づけ、二人の匂いを嗅ぐルナガルム。

 そして何を思ったか、すぐに踵を返して、そのまま森の奥へと消えていってしまった。


「た、助かった……んですの……?」

「いや、まだ……」


 危機が去ったと思いきや、今度はナイトメアガルムの子狼たちが二人の傍に寄ってきて、クンクンとその匂いを嗅いでくる。

 中には甘えるようにすり寄ってきたり、ワウワウと嬉しそうに吠えたりするものもいた。


「ど、どうなっているんだ……」

「一体これは、どういうことですの……?」


 二人はただ呆然と、それを受け入れることしかできないのだった。


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