第10話 その程度ではありません
「ご覧ください、聖女様。驚くべきことに、我が息子ハンクの魔法適性値は98。恐らく世界中を捜してみたところで、これほどの適性値を持つ者はいないでしょう」
生まれたばかりの息子の圧倒的な才能。
それを誇らしげに称賛しているのは、魔法の名門ブレイゼル家の現当主ガリア=ブレイゼルである。
彼は今、領地どころか国を離れて、聖堂教会の本拠地へとやってきていた。
その目的はもちろん、教会のトップに立つ聖女に謁見し、自らの息子こそが、大賢者の生まれ変わりであることを報告するためである。
そして彼の隣には、妻のメリエナ=ラードルフの姿もあった。
慈しむような視線を赤子に送ってはいるが、彼女は実の母親ではない。
本当の息子はあまりに出来損ないだったせいで、家臣に処分させてしまった。
一方で、ガリアが使用人の娘に生ませた子供。
それが予想外の魔法適性値を示したため、本当の子供だと偽ることにしたのである。
「この子こそ、まさしく伝説の大賢者様の生まれ変わりに違いありません」
「ええ、本当に。近くで魔法を使うと、それを真似てこの子も魔法を使おうとするのですわ。まだほんの赤ん坊でも、もしかしたら前世で魔導を極めた頃の記憶が、その魂に刻まれているのかもしれませんわね」
そんな秘密など露ほども見せずに、我が子こそが大賢者の生まれ変わりだと断言する二人。
まだ十代半ばほどの、幼さの残る聖女はずっと目を瞑り、祈るように沈黙していたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「この子は……残念ながら、大賢者様の生まれ変わりではありません」
「「なっ!?」」
絶句する夫婦に、聖女は言う。
「大賢者様の魔法適性値は、人知を超えたものだと言います。その程度ではありません」
「きゅ、98なのですよ、聖女様!? これでその程度とおっしゃるのですか!?」
相手が聖女であることも忘れ、ガリアは思わず詰め寄った。
「はい。本当の大賢者様であれば、1000は超えているでしょう」
「「せ、1000っ!?」」
予想を遥かに超えた数値に、二人はそろって愕然とする。
「しかし、おかしいですね……。今まであえて情報を伏せてはいましたが、神々の預言によれば、生まれる場所や家柄、それにタイミングなどは完全に一致していますし……」
聖女は首を傾げる。
それから何かに思い至ったような顔をすると、目の前の夫婦に問いかけた。
「この子と近いときに生まれた他の子供がいたりはしませんよね?」
「も、もちろんですとも」
「……い、いませんわ」
ガリアたちは即座に否定したが、内心では背筋が凍りつくような思いだった。
「「(ま、まさか……本当はあの子の方が……っ!?)」」
「あ、あなたのせいですわっ! 病死したことにするなんて言うから……っ!」
「お前だって、そんな出来損ないは捨てていいと言っただろう!」
ガリア夫婦は口汚く互いを罵り合っていた。
「ああ、いま考えれば、あれは神具の針が何周も回った上での3という数値だったのだ! 恐らく十周ほどは回っていた! つまり、あの子の適性値は1000を超えていたのだ!」
「そんな簡単なことにすら気づかないなんて、本当に馬鹿じゃありませんの!?」
「き、気づかなかったのは私だけではない! あの神官どももだ! やつら、普段から神具を使い慣れているというのに……っ!」
そんな醜い言い争いを続ける二人は今、馬車の中にいた。
それも街道を猛スピードで走っている。
「すぐに領地に戻って、魔境を調べに行かねば……っ!」
「調べてどうするんですの!? 生後間もない赤子が、生きているわけありませんわ!」
「だ、だからと言って、そのまま放っておくわけにはいかんだろうっ!? もし本当にあの子が大賢者様の生まれ変わりだったとしたら……」
とんでもないことをしてしまったと、ガリアは頭を抱えた。
魔導の道に生きる者たちにとって、伝説の大賢者は神にも等しい存在だ。
もしその転生者の赤子を死なせてしまったとなれば、もはやブレイゼル家の評判は地の底にまで落ちてしまうだろう。
だがすでに二か月近くが経過してしまっている。
赤子が生きている可能性は限りなく低い。
それでも僅かな望みにかけて、彼らは昼夜を問わず馬車を走らせ続けたのだった。
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