第9話 すでに異常だっただけです

『生後たった二か月の赤子が、冒険者登録できるとでもお思いですか?』

「うーん、どうなんだろ? 冒険者になるのに年齢制限はなかったはずだが」


 俺も前世では一応、冒険者として登録はしていた。

 特になるつもりはなかったのだが、俺の存在が宣伝効果になると考えたのか、冒険者ギルド側がぜひと言ってきたのである。


 当時は確か、年齢や性別にかかわらず冒険者になれたはずだ。

 もちろん犯罪者などは弾かれるが。


 まぁ俺が知るのは遥か昔のことなので、今でも同じ仕組みかどうかは分からない。


「ちゃんと喋れて、意思疎通が取れるんだから大丈夫じゃないか?」

『……そもそも生後二か月の人間の赤子は、喋るどころか、歩くことすらできないのですが。せいぜい一歳前後ぐらいからです』

「そうか? 前世でも俺は半年くらいで走ってたそうだぞ」

『それはマスターが前世からすでに異常だっただけです』


 徒歩で行くと大変なので、空飛ぶリントヴルムに跨っていくことにした。

 時間はかかったが、すでに魔力は満タン近くまで充填してある。


 しばらく飛んでいると、俺が生まれた領地が眼下に見えてきた。

 立派な城壁と城を持つ要塞都市で、空からの魔物の襲撃に備えてか、結界を張ってある。


「随分と脆そうな結界だけどなー」


 あれではリントヴルムのブレスはもちろんのこと、成竜の突進にも耐えられなさそうだ。

 ま、俺の知ったことではないか。


 そのまま都市の上を通過して、俺はどんどん南下していくのだった。




   ◇ ◇ ◇




「す、素晴らしい……っ! ハンク様の魔法適性値は、なんと98です!」

「何だと!? それは本当か!?」


 司祭の告げたその数値に、辺境伯ガリア=ブレイゼルは耳を疑った。


「はい、こちらをご覧ください!」

「た、確かに……間違いないっ!」


 神具の針が指していたのは、98を表すメモリの位置だった。

 これは魔法の名門、ブレイゼル家の当主であるガリアの持つ65という数値すら、大きく凌駕する途轍もないものだった。


「おぎゃあおぎゃあっ!」


 ガリアの声に驚いたのか、生まれたばかりのその赤子は火が付いたように泣いている。

 しかしそんなことなど構うことなく、ガリアはその小さな身体を思い切り持ち上げた。


「ははははっ! さすがは私の子だっ! まさか、このような天才が生まれてくるとは!」


 その赤子は、城の使用人の娘との間に生まれた彼の息子だった。

 下級貴族の、それも末端の娘であり、魔法だって初歩的な生活魔法しか使えない。


 それゆえ、まったくと言っていいほど期待していなかったのである。


「……ガリア様。もしかしたら、この子は普通の子供ではないかもしれません」

「どういうことだ?」


 いきなり不可思議なことを言い出す司祭に、ガリアは眉根を寄せた。


「この適性値を考えれば、普通の子供ではないのは明白だろう?」

「いえ、実は……これは我が聖堂教会でも、ごく一部の限られた者たちにしか知らされていない情報なのですが……ほんの半年ほど前に、聖女様が神々よりある重大な預言を戴いたというのです」

「聖女様が? それは一体、どんなものなのだ?」


 司祭が告げた預言の内容は、驚くべきものだった。


「それは……かの伝説の大賢者様が、近いうちにこの時代に転生されるだろう……というものでして」

「なっ……」


 ガリアは思わず絶句する。


 遥か昔に生きたとされる、伝説の大賢者。

 彼の死後に起こった世界的な大災厄のせいで、当時の文献の大部分が失われ、実在が怪しまれてはいるものの、魔法の道を志す者ならばその名を知らぬ者などいない。


 辛うじて残る記録によれば、今の時代ですら考えられない、奇跡のような魔法を幾つも使いこなしていたという。


「広く知られると、自らの子がそうだと主張する親が続出しかねない。そう考えて、情報は伏せられていたのですが……この子こそ、その大賢者様の生まれ変わりの可能性があるのでは、と思いまして……」

「……きっとそうだ。そうであるに違いない! この98という、信じがたいほどの適性値っ! この子が大賢者様の生まれ変わりだということ以外、考えられまい!」


 ほんの二か月前、第一子のときの落胆が嘘のようだった。

 そしてガリアはハッとする。


「なるほど……生まれてすぐに死んだことにしてしまったが……大賢者様の生まれ変わりという可能性があって、あえてそのような情報を流したということにしてしまえば……」


 この子を今からでも、彼の正妻との間にできた子供に仕立て上げることが可能だ。

 そうすれば、少なくとも対外的には面目が立つ。


 あの妻であれば、きっと反対しないだろう。


「ん? しかしこの神具、100で針が一周してしまうが……もし適性値が100を超えていた場合はどうなるのだ?」


 ふとそのとき湧いてきた疑問。

 それは二か月ほど前の出来事の真実に辿り着く糸口だったのだが、残念ながら彼はそれをあっさりと手放してしまうのだった。


「……いや、人間にそのような数値はあり得ぬか。恐らくこの子の98こそが、人類最高の適性値なのだろう」

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