第8話 行ってしまうのかい

 タラントラの群れの襲撃から半月が経った。


『……行ってしまうのかい』

『ああ。今まで世話になったよ、かーちゃん』

『だからお前の母になった覚えはないと言っているだろう……』


 もはや諦めたのか、それともデレてくれたのか、呆れたように溜息を吐くだけで、以前のように強くは否定してこなかった。

 それに何となくちょっと寂しそうだ。


 俺はこの森を出るつもりだった。


 子狼たちとは仲良くなったが、俺はあくまで人間だ。

 他の狼たちの中には、俺がかーちゃんの傍にいることを良く思っておらず、すぐに追い出すべきだと主張している連中もいるらしい。


 まぁ逆にかーちゃんや群れを救った俺を、救世主扱いしている者たちもいるそうだが。

 そのせいで、せっかく北からの脅威を退けたにもかかわらず、群れの統率が乱れつつあるようだった。


『……別にそんなこと、お前が気にしなくてもいいんだがね』


 とかーちゃんは言ってくれているが、これ以上、迷惑をかけるわけにはいかない。

 俺はそう考えて、人間の街に戻ることにしたのである。


 幸いもう母乳がなくても問題なくなってきたしな。

 そもそもかーちゃんから母乳がほとんど出なくなっているのだが。


 身体も強くなったし、喋れるようにもなった。

 今の俺なら人間の街でも生きていけるだろう。


「「「わうわうわうわうわうわうわう!!」」」

「ちょっ、お前たち……っ?」


 そうして森を出ていこうとした俺に、仲良くなった子狼たちが次々と飛びかかってくる。

 俺はもふもふの毛に埋もれてしまった。


「おいやめろ、前に進めないだろ?」

「「「わうわうわうわうわうわうわう!!」」」


 どうやら俺を行かせないようにしているらしい。


「ガルウッ!!(お前たち、やめな!)」

「「「~~~~っ!」」」


 かーちゃんに叱られると、子狼たちは慌てて動きを止めた。


「ガルルルルルルルッ!(邪魔をするんじゃないよ。その子はお前たちと違う。人間の子なんだから。いつまでも一緒に居られるわけじゃない)」

「「「くーん……」」」


 尻尾を股の間に挟み込み、哀しそうに鳴く子狼たち。

 俺は彼ら全員の首をわしゃわしゃしてやってから――多いので大変だった――別れの言葉を告げる。


「じゃあな、元気でな」

「「「わうーんっ!」」」


 吠え続ける子狼たちに手を振りながら、俺は彼らの元を去ったのだった。


 そしてちょうど森を出たときだった。

 ひと際大きな遠吠えが聞こえてくる。




「ワオオオオオオオオオオオオオンッ!!(気が向いたら、いつでも帰ってくるんだよ!!)」




 狼語はまだ完全には理解できないのだが、今の意図は何となく伝わってきた。


 ……この森は俺の故郷だな。

 生まれた直後に捨てられた俺にも、こうして帰る場所ができたのだった。









『それで、これからどちらに行かれるおつもりですか、マスター?』

「そうだな……さすがに俺が生まれた領地に戻るのはやめた方がいいだろうし……」


 森に捨てた赤子が帰ってきたとなると、色んな問題が生じることだろう。

 それはそれで、驚愕する親の顔が見れて面白そうではあるが……そもそも貴族の家なんて、面倒が多すぎる。


 俺を捨てたのだって、貴族としての名誉にかかわるからだろうが、そんな目に見えないモノに雁字搦めになった人生なんかご免だった。


 ……実は前世でも俺は、貴族の家で生まれたのだ。

 そこは代々の騎士の家系で、剣の名門であったため、俺は幼い頃からひたすら剣の訓練をさせられていた。


 本当は魔法を学びたかったのだが、逆に魔法は軟弱な人間が覚えるものだと言って、学ぶことを許されなかったのである。

 まぁ、独学でこっそり習得していったんだけどな。


 家を出てからは自由だった。

 研究室に籠って新しい魔法や魔道具の開発に没頭したり、各地に眠る魔導書を求めて世界中を旅したり、勇者のパーティに加わって魔王軍と戦ったり……。


「俺は新しい人生でも自由に生きたい。となると……やっぱり冒険者だな、うん。稼ぐこともできて一石二鳥だ」

『冒険者ですか。リスクは高い反面、確かに自由な職業です。……しかし、マスター』

「何だ?」

『生後たった二か月の赤子が、冒険者登録できるとでもお思いですか?』

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