第6話 水臭いこと言うなよ

『いや、お前も逃げるのだよ』

『え? 俺は戦うけど?』


 母狼は呆れたように息を吐く。


『何を馬鹿なことを……敵は強大だ。赤子のお前など何の戦力にもならん』

『忘れたのか? 俺にはこいつがいる』


 俺は虚空から愛杖リントヴルムを取り出した。


『今どこから出てきた……?』


 かなり怖がってるようだったから、普段は魔法で隠蔽しておいたのだ。


 俺は小さな手で愛杖を掴み、ぶんぶんと振り回してみた。

 よしよし、これくらいのことはできる筋力が付いてきたみたいだな。


『……確かに、その杖からは、この私の全身の毛が逆立つほどの恐ろしい気配を感じる。よほど強力な代物なのだろう。しかし、そもそもお前は人間の赤子だ。我らの森の魔物の争いに巻き込む道理はない』

『おいおい、水臭いこと言うなよ、かーちゃん』

『だ、誰がかーちゃんだ……っ! 確かに乳は飲ませたが、お前を子供にした覚えはない!』

『俺はかーちゃんの母乳のお陰でここまで成長できたんだ。もうあんたの子供と言っても過言じゃない。子狼たちとも仲良くなったし』

『だからかーちゃんと呼ぶなと言っているだろう!』


 母狼――かーちゃんは威嚇するようにガウガウッと吠えてから、『……もういい、勝手にしろ』と諦めたように言った。


『マスター、ここまで成長できた云々という台詞ですが、普通はもう少し大きくなってから言うものでは?』

『細かいこと突っ込まないでくれるか?』


 そうこうしている内にも、続々と狼たちが集まってきていた。

 同じ狼の魔物でも、体格とか骨格、それに毛並みなんかも違っていて、結構色んな種族がいるらしい。


「ガウガウッ!」

「ワオン!!」


 かーちゃんがそのうちの一匹に何か合図のようなものを送ったかと思うと、その狼が俺のところにやってきた。

 そして俺の身体を甘噛みし、上へと放り投げる。


 気づけば俺はその狼の背中に乗っていた。


『お前はそいつの上にいろ。それなら誤って仲間に喰われる心配もないだろう』


 俺のことを知らない連中も多い。

 ただの人間の赤子だと見て、味方から攻撃されたら面倒だからな。


『っ! 来るぞ!』


 かーちゃんが咆えた。

 狼たちが一斉に臨戦態勢に入る。


 次の瞬間、木々を掻き分けて姿を現したのは、全長二メートルを超える巨大な蜘蛛の魔物たちだった。


 確か、タラントラだったっけな。

 粘着力と強靭さを兼ね備えた糸と、毒の牙が厄介な魔物である。


 俺は索敵魔法を使って、敵戦力を確認してみた。

 ざっと調べたところ、同種の魔物が恐らく百体以上はいるな。

 数の上では向こうの方が多そうだ。


 やがて巨大蜘蛛たちが、続々とこの狼の群れが待ち構える一帯へと突っ込んでくる。

 あっという間に乱戦と化して、そこかしこで激しい戦いが巻き起こった。


 蜘蛛の糸に絡まり、身動きが取れなくなる狼たち。

 逆に狼たちはその鋭い爪や牙で、蜘蛛の脆い身体を容易く引き裂いていく。


 かーちゃんは中でも一騎当千級の活躍を見せていた。

 その巨体とパワーを活かし、二メートルもの蜘蛛を軽々と踏み潰している。


 なのに俊敏さにも秀でていて、飛んできた蜘蛛の糸を素早く躱しながら、戦場を物凄い速度で走り回っていた。

 さすがは我がかーちゃんである。


 俺も負けていられないな。


「見た感じ、蜘蛛の装甲は弱そうだな。よし、リンリン、剣モードだ」

『了解です、マスター。……ですが再三の要請となりますが、その呼び方はおやめください』


 えー、いいじゃん、かわいいし。


『……』


 少し不満そうにしつつも、聖竜杖リントヴルムが変形する。

 杖モードから剣モードへとモードチェンジしたリントヴルムを手に、俺は狼に跨って蜘蛛の群れへと突っ込んでいった。


 ズバババババッ!!


 リントヴルムを豪快に振り回し、次々と蜘蛛たちを斬り捨てていく。

 思った通り、剣モードの切れ味があれば、今の俺の乏しい筋力でもこいつらを屠るのは難しくないな。


「「「ワウッ!?」」」


 人間の赤子が巨大な剣をブン回している姿に、狼たちが驚いている。


「ガウッ!?」

「む? 蜘蛛の糸か」


 厄介な相手と見たのか、蜘蛛たちが俺たちを取り囲んで一斉に糸を放ってきた。


 全方位から迫る糸。

 逃げ道はない。


 しかし無駄だ。

 このリントヴルムに斬れないものはない。


 俺は糸をあっさり斬って逃げ道を作ると、周囲を取り囲んでいた蜘蛛たちを殲滅してやった。


「ワオオオオオオオンッ!?」

「ん?」


 そのときだった。

 聞き慣れた咆哮に振り返った俺は、見てしまう。


 かーちゃんが蜘蛛の糸に囚われ、苦しげに藻掻いているのを。

 その近くには、かーちゃんに勝るとも劣らないサイズの馬鹿でかい蜘蛛がいた。


 えっ、かーちゃん、大ピンチじゃん。

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