第5話 お前も逃げるのだよ
「「「わうわうわう!」」」
「ははっ、遅い遅い! ちゃんと連携しないと、俺は捕まえられないぞ~」
猛スピードで飛びかかってくる子狼たちを、俺は躱したり逃げたりしながら、森を走り回っていた。
「わうっ!」
「はは、バレバレだって」
「きゃん!?」
背後から襲いかかってきた子狼の首根っこを掴んで投げ飛ばす。
この森に来てから、一か月以上が経っていた。
俺はすっかり喋れるようになったし、立ち上がるどころか、飛んだり跳ねたりできるようになっている。
『さすがはマスターです。この短期間でここまで動けるようになるとは』
まぁ身体強化魔法を使ってこれなんだけどな。
素の身体だと、せいぜい走れるくらいで、こんなふうに子狼たちの波状攻撃を避け続けることなんてできないだろう。
攻撃というが、ただじゃれて遊んでいるだけだ。
同じ釜の飯なんて諺があるが、同じ母乳を飲んだ間柄だからか、あれからまるで本当の兄弟のように仲良くなっていた。
俺よりも成長が早い子狼たちは、すでに大型犬ほどのサイズになっている。
母乳を飲むことも少なくなって、森で狩りをしているほどだ。
「んぐんぐんぐ」
『……まったく、相変わらず人間の赤子とは思えぬ飲みっぷりだな』
お陰で俺が一人でママのおっぱいを独占することも増えていた。
呆れたような顔をしているが、もう慣れてきたのか、大人しく吸わせてくれている。
だが本来は自分の赤子のために出す母乳である。
その赤子たちが母乳を飲まなくなってきたせいか、残念ながら段々と出が悪くなってきていた。
「そろそろ俺も離乳が必要かな」
『マスター、普通の人間の赤子であれば、生後半年頃からかと』
「胃腸を魔法で強化したりすれば大丈夫だろ」
母狼には悪いが、淡白な味の母乳ばかりでは飽きてきてしまった。
さすがに子狼たちのように、魔物の生肉を食べるのはやめた方がいいだろうけど。
と、そのとき。
母狼がいきなり立ち上がったので、俺はおっぱいから振り落とされてしまう。
「っと。……どうしたんだ?」
慌てて着地してから、俺は母狼を見上げる。
「グルルルルルルルルッ!」
北の方角を睨みつけながら、警戒したように喉を鳴らしていた。
『お前はすぐに子供たちを連れて、ここを離れるのだ』
『何があった?』
『この森の北の主が攻めてきた』
『北の主?』
聞けば、どうやらこの魔境の森は現在、四体の強力な魔物が、東西南北に分かれて四つの広大な縄張りを有しているという。
彼らは時に激しい縄張り争いを繰り広げながら、互いの勢力圏を護り続けてきた。
しかしそれでも主同士が戦うことは、ここ何年もなかったそうだ。
それはもし拮抗した力を持つ彼らが激突したら、勝者側もタダでは済まないことを理解していたから。
『……もっとも、過去にはそうして主同士が戦い、森の勢力図が変わることは何度もあった。決して珍しいことではない。それにどれほどの年月を生きようと、所詮、奴は虫だ。まともな思考など期待はできぬ』
北の主は昆虫系の魔物なのか。
虫系はビジュアル的にキツイんだよなぁ。
『へえ。じゃあ、この辺りに南の主がいるってことか』
『それが私だ』
ええっ?
狼かーちゃんが南の主だったの!?
『それより急ぐのだ。私は同族を集めて、奴らを迎え撃つ』
ワオオオオオオオオオオオオオオオオン!!
母狼が天に向かって凄まじい遠吠えを響かせた。
どうやらこれが集合の合図らしい。
すぐにあちこちから応じるような遠吠えが聞こえてきて、続々と狼たちが集まってきた。
『ということらしいから、お前たちはこっから離れてろ』
「「「……くーん」」」
哀しそう鳴きながらも、賢い子狼たちは大人しく走り出した。
時々こっちを心配そうに振り返ってくるが、生まれたばかりの彼らではこの戦いには足手まといにしかならないからな。
『いや、お前も逃げるのだよ』
『え? 俺は戦うけど?』
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