第3話 それは災難でしたね

『お久しぶりです、マスター。また随分と可愛らしい姿になられましたね』


 前世の俺が愛用していた最強の杖――聖竜杖リントヴルムだ。

 知能を持つ武器でもあり、念話を通じて意思の疎通を取ることができた。


 どうやら俺の復活を察知し、自ら駆けつけてくれたらしい。

 なんと忠義心に厚い杖なのだろうか。


『涙がちょちょ切れそうなくらい嬉しいぜ……』

『……転生後にも自動で自分のところに飛んでくるよう、死ぬ前に設定しておいたのはマスターでは?』

『おお、そうだったっけな?』


 しかしさすがは俺の愛杖だ。

 どれくらいの年月が経ったか知らないが、当時とまったく変わらない姿をしている。


『ほぼ休眠モードに入っておりましたから。ですので、どれほどの年月なのか、わたくしにも詳しくは分かりかねます』


 数百年、あるいは数千年か。

 さすがの俺も、転生後の時期を定めることまではできなかった。


「グルルルルッ!」


 おっと、今は再会の感傷に浸っている場合ではなかったな。


『邪魔なマンティコアですね。処理はお任せください、マスター』


 聖竜杖リントヴルムは、透き通るように白く美しい杖だ。

 その先端には竜の頭部を模した意匠が施されているのだが、


『消えなさい』


 先端の竜が咢を開いたかと思うと、そこから凄まじい光のブレスが放たれた。


「~~~~~~ッ!?」


 それがマンティコアの頭部を一瞬にして消し飛ばす。

 頭を失った巨体はゆっくりと地面に倒れ込んだ。


『さすがだな、リンリン』

『……その呼び方はおやめください。それにしてもマスター、なぜこのような場所に? 新たな両親の元に誕生されたのでは?』


 俺はこれまでの経緯を話した。


『なるほど。それは災難でしたね』

『まぁな。だが俺は別にこの新しい身体の親を恨んではいない。むしろ自由の身になることができて助かったと思っている。貴族の家の子供は何かと面倒だからな』


 少し自由になるのが早すぎたとは思うが。


『ですがマスター。わたくしがいれば魔物の心配はありません。しかし、ミルクを用意することはできませんよ?』


 分かっている。

 どうにかしてミルクを確保しなければ、俺はそのうち餓死してしまうだろう。


「あうあー」


 俺は短い左腕を掲げて、とある魔法を使う。


 マジックドレイン。


 すると周囲から魔力が集まってきて、俺の左腕に吸収されていく。

 元から容量が低かったことあり、枯渇していた魔力があっという間に全回復した。


 マジックドレインは魔力吸収魔法である。

 本来は魔法を使う相手に対して使用するものだが、俺はそれを改良して、周辺の空間からも魔力を集められるようにしていた。


 魔力が回復したところで、次は身体強化魔法だ。


「あうあー」


 俺は箱の中で立ち上がった。

 よしよし、この脆弱な赤ん坊の身体でも、どうにか身体を起こせるようになったぞ。


 足元がフワフワしているが、そのうち慣れてくるだろう。


『じゃあ人里を探して、ミルクを貰いにいくぞー』

『……マスター、どこの世界に一人でミルクを貰いに行く赤子がいるのですか?』

『あれ、ダメかな?』

『考えてみてください。いきなり生後数日の赤子が一人で家に訊ねてくるのです。相手からすれば途轍もない恐怖でしょう』


 そんなものだろうか。


 仕方がない。

 それならこの森の中で探すか。


 幸いリントヴルムがいてくれるので、魔物への対処は余裕だろう。








 魔境と言われているだけあって、それなりに魔力濃度の高い森だった。

 お陰で魔力吸収効率が非常によく、身体強化魔法を強めに使っていても、魔力は枯渇しない。


 魔力量を高める上で最も大事なのが、魔力を使うことだ。

 この森にいれば、きっと俺の魔力量も順調に増えていくだろう。


 未熟な身体にも慣れてきたようで、だいぶ普通に歩けるようになっていた。


「シャアアアッ!!」

『邪魔です』

「~~ッ!?」


 襲いかかってくる魔物はリントヴルムが倒してくれている。

 ちなみに宙を漂いながら後を付いてきてくれるので、持ち運ぶ必要はない。


 それどころか俺が歩きやすいように、進行方向の草木を焼き払ってくれていた。

 我が愛杖は本当に便利である。


『しかしマスター、本当にこんな森でミルクが手に入るのでしょうか?』

『その心配はないぞ。ほらあれを見ろ』

『あれは……』


 俺が小さな指で指し示した先にいたのは、マンティコアよりさらに一回りも大きな狼の魔物だった。


 全身は漆黒だが、額の辺りだけ三日月状の黄色い毛が生えている。


 オークやマンティコアと違って、俺の知らない種類の魔物だ。

 まぁあれから少なくとも何百年かは経っているはずなので、当時はいなかった魔物がいてもおかしくない。


 授乳中なのか、岩の上で寝そべり、小さな狼たちが腹の辺りに群がっていた。


『まさか、あの魔物からミルクを戴くつもりではないですよね……?』


 そのつもりだが?

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