第2話 随分と可愛らしい姿になられましたね

 すーはーすーはー。

 ああ、空気が旨い!


 ったく、空気孔も作らず完全密閉しやがって。

 俺が普通の赤ん坊だったらとっくに窒息で死んでたぞ?


 箱の蓋を吹き飛ばし、小さな赤子の身体で周囲の空気を目いっぱい吸い込んだ俺は、心の中で恨み節を呟いた。


 幸い俺は普通の赤ん坊ではない。

 生まれた直後から、はっきりとした前世の記憶を持っていた。


 大賢者アリストテレウス。


 幾多の魔法と魔道具を開発し、凶悪な魔族や魔物を何体も葬ったその実績から、俺は前世でそう呼ばれていた。

 ……ちなみに今世の名前がレウスなのは、単なる偶然である。


 そんな俺が自らの寿命を悟り、最後に一か八かで挑んだのが、転生の大魔法だった。

 正直言って、成功率はせいぜい十パーセントほどだろうと思っていたが、まさか本当に上手くいくとはなぁー。


 まぁ生まれる先までは選べず、せっかく転生したのに捨てられてしまったわけだが。


 うっ……眩暈が……。

 やはり赤ん坊の身体だな……こんな簡単に魔力欠乏症になるなんて……。


 くらっとして、思わず箱の中で顔を顰める。


 頑丈に閉じられた箱をぶち破るなんて、赤ん坊の筋力では不可能だ。

 なので魔力の塊をぶつけてやったのだが、それだけで枯渇してしまった。


 にしても酷かったなー、あの測定。

 誤った測定結果のせいで、俺はあっさり処分されることになってしまった。


 もう顔も見たくなかったのか、あの後、父ガリアは俺の処理を部下に任せた。

 しかしその部下も生まれたばかりの赤ん坊に直接手を下すのは躊躇われたらしく、俺を箱に詰めて、闇業者にどこか遠くに捨ててくるよう依頼したのだった。


 てか、あれ神具とか呼んでいたが、ただの魔道具なんだけどな。


 見間違うはずもない。

 なにせあれは前世の俺が開発したのだから。


 メモリの最高値は確かに100までだが、実はそれを超えてもちゃんと計測できる。

 十一周回っていたので、俺の本当の魔法適性値は1103ということになるはずだった。


 いや、メモリを読み取る形じゃなくて、数値が表示される形式に作っておかなかった俺のミスか……。


 とはいえさすがに転生後に、自分に使われるとは想定してなかった。


 今さら悔やんでも仕方がない。

 とりあえず生き抜かなければ。


 俺は何とか首を動かし、周囲を見回してみる。

 左手に見えるのは鬱蒼とした森だ。


 そういや、魔境の森とか言ってたな。

 こんなところにいたらいつ魔物に襲われてもおかしくない。


「ブフーッ!」


 言ってる傍から現れた。

 鼻息荒く森から出てきたのは、豚の頭を持つ筋骨隆々の巨漢だ。


 オークか。

 前世の俺なら瞬殺できる魔物だったが、今は生まれたてのこの貧弱な身体だ。


「ブヒヒ」


 箱の中で横になる俺に気づいたらしく、オークがニヤニヤしながら近づいてきた。

 ちょうどいいところに餌を発見したと思ったのだろう。


 オークが上から俺の顔を覗き込んでくる。

 赤ん坊の脂肪たっぷりの肉が好きなのか、口からはダラダラと大量の涎が垂れていた。


 バンッ!


「ブヒ?」


 間抜けな声とともに、オークの目から光が消える。

 巨体が後ろ向きに倒れ、ズシンと大きな音が響いた。


 魔力を極限まで凝縮して、オークの額目がけて撃ち放ってやったのである。

 幾ら魔力が枯渇していると言っても、油断して目の前に頭を出してくる間抜けなオークを殺すくらいは容易い。

 頭蓋と脳味噌を貫通する程度の威力はあっただろう。


 さすがにもっと凶悪な魔物が来たら対処できないが――


「グルルルル」


 ――オークの匂いに釣られたのか、言ってる傍から現れやがった。


 全長五メートルを超す巨大な魔物だ。

 頭は人間のそれに近いが、身体は獅子、それに蝙蝠のような翼とサソリめいた尾を有する。


 マンティコアである。


 マズいな……。

 今の俺には手に余る相手だぞ。


 死んだオークの肉だけで満足してくれたらいいのだが。

 と、そのときである。


 空がキランと光ったかと思うと、何かが凄まじい速度で落下してきた。

 そしてすぐ近くの地面へ猛スピードで突き刺さる。


 ……よかった。

 どうやら俺が復活したことを知って、自ら駆けつけてくれたらしい。


 そこに刺さっていたのは、前世の俺が愛用していた最強の杖――聖竜杖リントヴルム。


『お久しぶりです、マスター。また随分と可愛らしい姿になられましたね』

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