生まれた直後に捨てられたけど、前世が大賢者だったので余裕で生きてます
九頭七尾(くずしちお)
第1話 転生した直後に捨てられたんだが
生まれたばかりの赤子の顔を、一組の男女が覗き込んでいた。
「レウスは私とお前の息子だ。きっと凄まじい才能を持っていることだろう」
「ええ、間違いありませんわ、あなた」
厳つい顔と屈強な体躯の持ち主である男の名は、ガリア=ブレイゼル。
魔法の名門として知られるブレイゼル家の現当主であり、国の辺境守護を任された領主だ。
もちろん彼自身、一流の魔法使いでもある。
一方その妻であるメリエナ=ラードルフは、絶世の美女だった。
だが決して美しいだけの女性ではない。
彼女もまた当主に負けず劣らずの、優秀な魔法の使い手として知られていた。
そんな二人が生んだ第一子が、この赤子なのである。
当然ながら領地中がその誕生を祝福した。
「それにしても全然泣きませんわね。強い子なのかしら」
「あうあ」
「あら! あなた! この子ったら、もう何か喋ろうとしてますわ!」
「これは私たちを超える天才かもしれぬな」
生まれて間もない我が子の将来に、大きな期待を寄せる二人だった。
……しかしそれから僅か数日後。
彼らの期待はあっさりと打ち砕かれることとなる。
「お待ちしておりました、領主様。……では、レウス様を」
「うむ」
領内最大の大聖堂でガリアを迎えたのは、初老の司祭だった。
まだ首も座っていない赤子を受け取った彼は、慎重に祭壇の上へと乗せた。
大抵の赤子はこのときに泣き出すものだが、まるで泣く気配はない。
それどころか不思議そうに周囲を見渡しているように見えた。
「それではこれより、神々のお力をお借りし、レウス様の魔法適性値を測定させていただきます」
そう言って神官が取り出したのは、円盤のような装置だった。
そこには時計のような針とメモリが付いている。
これは神具と呼ばれ、人の潜在的な魔法の才能を見ることが可能な道具であった。
当然ながらかなり希少なアイテムで、限られたごく一部の大聖堂しか所有していない。
生まれたばかりの赤子の魔法適性値を見るこの儀式は、ブレイゼル家の伝統だ。
高い適性値を有していることが分かれば、その子は次期当主の有力候補となり、厳しい英才教育を受けることになる。
もちろんガリアも幼い頃にこの儀式を受けており、兄たちを差し置いて次期当主に相応しい才能を示したのである。
司祭が呪文を唱えながら神具を掲げた。
すると突然、神具が神々しく光ったかと思うと、針がぐるぐると回転し始める。
「何だ、今の光は……!? それに針が回転している!? これはどういうことだ!?」
「わ、分かりません……私も今まで、このような現象は見たことが……」
領主に詰め寄られて、身体を震わせる司祭。
しかし少しして針が止まった。
「よかった……どうやら直ったようですね」
ホッとしたように司祭は息を吐く。
だが次の瞬間、息を呑んだ。
「こ、これは……」
「どうした? レウスにはどれほどの才能がある?」
「そ、その……魔法適性値は、そこらの平民で5……貴族で20ほど……領主様や奥方様のような一流の魔法使いともなれば、50を超えるとされていますが……」
「そんなこと知っておる! 勿体ぶらずに早く教えろ!」
司祭は恐る恐る告げた。
「レウス様の魔法適性値は……3……です……」
「なんだと!? ば、馬鹿な! たったの3なわけがない! 私とメリエナの息子だぞ!?」
「しかし、現に……神具が……」
「た、確かに針は3のメモリを指してはいるが……」
そのとき赤子が声を上げた。
「あうわー、あうあうー」
まるで何かを伝えようとしているかのようにも見えたが、無論、赤子にそんな知能があるはずもないと誰もが取り合わなかった。
そんな我が子を、感情を失った目で見降ろすのはガリアである。
「……我が子は……生まれてすぐに病気で死んだ」
「りょ、領主様……?」
「そういうことにする! いいかっ? このことは絶対に口外禁止だ……っ!」
「は、はひ……っ!」
幸いこの儀式に立ち会っているのは、ガリアと司祭の他には大聖堂の神官たちだけである。
彼らが黙ってさえいれば、この結果が知れ渡ることはない。
こうして赤子は死んだことにさせられてしまったのだった。
領主が立ち去った後。
司祭は一人、ぼそりと呟く。
「それにしても……あの針の回転は何だったのでしょうか……?」
「気を付けろ。この辺りにも魔境の魔物が出る可能性があるからな」
「へ、へい、兄貴」
馬車を走らせ、領地の北に広がる森へと向かう兄弟がいた。
魔境として知られる危険な森で、そのためこの付近には街も村も一切なかった。
何せこの森の凶悪な魔物たちから国を護るため、魔法の名門であるブレイゼル家がこの地の統治を任されているほどなのだ。
「こ、この辺でいいっすかね?」
「ああ、恐らく十分だろ」
二人は森のすぐ近くまできたところで馬車を止め、運んできたその箱を地面に降ろした。
そうして即座に踵を返して、森から遠ざかっていく。
「にしても兄貴、あの箱は一体何だったんすかね? 魔法でめちゃくちゃ頑丈に封じられてみたいっすけど」
「さあな。……ま、俺たちの気にすることじゃねぇよ。ちゃんと依頼料さえ貰えりゃ、なんだっていいだろ」
「そうっすね」
闇ルートで依頼された特殊な仕事。
彼らもまさか、その箱の中に入っているのが、生まれたばかりの領主の息子だとは思ってもみなかっただろう。
ましてや、
「あうわー」
ドゴンッ!!
自分たちが去った後に、生後たった十日の赤子が、固く閉じられた箱の蓋をぶち破って這い出してくるとは、夢にも思わなかったに違いない。
「あうあうわー(マジかー。転生した直後に捨てられたんだが)」
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