突き付ける現状
凛の仕事っぷりの感想は優秀の一言だった。
凛は小中は生徒会役員を務め、面倒な仕事でもそつなくこなせる器量はあった。
社会人になった今でもそれは衰えるどころか更に磨かれて、俺が教えた仕事を直ぐに覚えた。
後から白雪部長に聞いたら、先日白雪部長が事前情報から期待していた新人社員は凛だったらしく、多くの資格を所得した凛なら簡単な雑用ぐらいは直ぐに覚えるだろう。
取引先の巡回は後日に教える事で1日目が終了。
俺達は約束した飲みへと向かった。
場所は馴染みの居酒屋。
酒も肴も美味しくて個室もあるからと、よく白雪部長と共に来る居酒屋に来た俺達を出迎えたのは、禿の店主だ。
「おぉお、兄ちゃんか。久しぶりに来たな」
「久しぶりってよおやじ。三日前に来たばかりじゃねえか」
「兄ちゃんが昔は殆ど毎日来てくれてたから、三日でも久しぶりに思っちまうだろうが」
店主の言う事で1つ語弊を指摘するのなら、「来てくれた」じゃなくて、白雪部長に「無理やり連れて来られた」が正解だ。
俺はあまりお酒は好きじゃないからな。
だけど、この禿て若干強面の店主は気さくに話しかけてくれて、俺が落ち込んでいる時は励ます為にサービスしてくれたりと顔に見合わずに優しくしてくれるから、悪くない店だとは思っている。
「んで。今日も穂希ちゃんと来てくれたのか?」
穂希とは白雪部長の名前だ。
先ほども言ったが、ここにはよく白雪部長とよく来るから、必然的に名前と顔は覚えられている。
だが、今日は違うと俺を首を横に振り。
「いーや。今日は別の奴と」
俺が立てた親指で後ろを指すと、後ろにいた凛が「ど、どうも……」と萎縮しながらに頭を下げる。
「おぉお。連れは何とも別嬪さんじゃねえか。おいおい兄ちゃんよ。遂に春が来たのか?」
「違ぇよおやじ。こいつは今日入ったばかりの新人。そんで昔の知り合いだから、仕事終わりに細やかな歓迎会として飲みに誘ったわけだ」
俺が説明すると、何故か店主は肩を竦める。
「おいおい兄ちゃんよ。お前さんはなってねえな。野郎の後輩ならいざ知らず、女性の後輩をこんな煙臭い所に連れてくるなんてよ。飲みに誘うならもっと上品な所にだな。こんな所に連れて来られて喜ぶのは穂希ちゃんぐらいだぞ」
「おいおいおやじ。
白雪部長なら高級店よりも古風溢れる居酒屋の方が喜びそうだもんな。
「まあ、なんにせよ、いらっしゃいませだが兄ちゃんよ。飲みの場に穂希ちゃんを呼ばなかったら、彼女拗ねて怒るんじゃねえのか? 多分黙って来ただろうが、いやー、おじさん最近歳で口が緩くなっているからな。ついポロッと零しちまうかもな」
ニヤニヤと意地らしく脅しをかける店主。
「ふっ、おやじ—————一番高い飲み放題コースで頼む……」
「毎度あり! デラックス飲み放題コース入りまーす!」
敢え無く脅しに屈してしまった。
だって仕方ないじゃないか。
白雪部長。飲みの席に誘わなかったら後で怖いんだから。
昔に男同士でこの居酒屋で飲み会を開いた時に、後日白雪部長から
『何故飲み会に私を誘わなかったんだ!』
と、理不尽に怒られた事がある。
店主が独り酒に来た部長にポロッと零した事で知られたらしく。
あれ以来店主はそれに味を占めて、こうやって一人1万円のコースを半ば強要されるようになった。
うぅ……他の店にすればよかった。他の店知らないけど。
「まあ、来たからには腹いっぱい楽しむとするか。個室ってどこか空いているか?」
「おう。二階の奥の方が空いてたはずだ。そこに行っておいてくれ。後で前菜の摘まみを持って行ってやるから。待っている間に飲む酒を決めといてくれ」
「へいへい。行くぞ凛」
「う、うん………」
俺と店主の会話では完全に空気となっていた凛は馴染みで店内を知る俺の後を付いて来る。
この居酒屋は二階建てで、一階はカウンターで、二階は個室。
個室も壁が厚くて防音も充実している。ここなら周りの声も気にせずに飯食べたり飲んだりできるだろう。
個室は畳に座布団がひかれ木製のテーブルが置かれたシンプルな造りになっている。
店員を呼ぶ時は、テーブルに置かれた呼び出しのボタンを押せばやって来る仕組みだ。
俺と凛は互いに向かい合う様に座り、2つあるメニュー表を互いに見る。
「ここは俺の奢りだから遠慮なく頼めよ」
「うん……分かった。この店のおすすめってなに?」
「おすすめか……焼き鳥が美味しい」
「ならそれで」
「酒は頼まねえのか?」
「私、飲めない事はないんだけど味はあんまり好きじゃないんだよね。だからごめんだけどウーロン茶」
…………正直俺も酒はあまり飲めない。
酒が弱いってのもあるが、正直味も好ましくない。飲むならコーラとかの炭酸飲料の方が美味しいと感じる。
一番高い飲み放題頼んだ意味!
けど、飲みたくない相手に酒を強要する訳にもいかないからな。
……白雪部長の場合は無理やり飲まされるけど……。
「じゃあ、俺はカルピスに—————」
「ぶふぅ!」
「おい、なにがおかしくて吹き出しやがった!」
俺も酒を飲めないからメニューにある飲み物の中で一番好きな飲み物を選んだら、何故か凛に笑われた。
凛は腹を抱えて、目尻の涙を指で撫で。
「だ、だって……こーちゃん、昔もカルピス好きだったから、社会人になっても好きなんだなーって思って。それがちょっとおかしくて……」
「お前な、それ馬鹿にしているのか! 悪いか! 美味しいじゃねえかカルピス! 俺の不動の第一位なんだよ!」
「馬鹿にはしていないよ。ただ、変わってないんだなって思ってさ」
懐かしむ様に笑う凛に俺はけッと喉を鳴らし。
「変わってるだろうが。お前と最後に会ったのは高校だろ。あれから背も伸びたし、髭だって伸びたわ」
「外見じゃないよ。中身の方。昔と変わってないから、なんだか安心した」
「…………お前に言われても全然嬉しくねえよ」
お前がそれを言えるのかよ。
あの出来事から俺は変わったよ。
今は16年経って平常に話せるが……正直今もこうやって話すのは辛い。
なんてったって
俺達は各々食べたい物と飲みたい物を店員に注文して、その待ち時間に本題に入る。
「…………先に言っておくぞ凛。俺は別にお前と和気藹々と食事をする為に誘ったわけじゃねえ。店主の手前、歓迎会とか言ったが、そんなつもりはない」
「なら……どうして私を誘ったの?」
「言っただろ。お前に言いたい事と聞きたい事があるってよ」
凛は身構えるように顔を強張らす。
「私に言いたい事と聞きたい事って……なに?」
俺は運ばれてきたカルピスを一口飲み、凛と目を据えて質問する。
「俺がお前に言う前に一つ質問だが。お前は、お前の親父さんたちがどうなっているのか知っているのか?」
俺の質問に凛は目を沈ませて、弱く首を横に振る。
「……知らない。お父さん達とは絶縁しているから、帰るのが怖くて帰れなかった………。けど、まだお父さん達怒っているんだろうな……。こんな親不孝の娘を……」
やっぱりか。あの場にこいつはいなかったし。お袋さんも見つからないと言っていた。
コイツも親父さんたちの方と縁を切っていたから、情報も入って来なかったのだろう。
本当は、言わない方が良いのかもしれない。
知らない方が幸せだって事もある。それが悲しい現状だってのなら猶更だ。
だが、後々知って悲しむよりも、早めに教えといた方が良い。
なんてったって、親父さんが
「お前の親父さん—————去年に亡くなってるぞ」
「………………え」
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