完 多勢バーサス無勢

 トリプルエックス研究所に、鎧武者エックスさんが撮った映像を送る。それが一番目のアイデアだった。揉み消されて終わりだろう、とみんなが首を横に振った。

 じゃあ、ネットに流出させるか? 大天使キグル・ミカエルさんのその言葉には、僕が首を横に振った。きっとなんの解決にもならない。ショッキングな映像が独り歩きするだけだ。ネットの中だけで炎上したって仕方ない。

 僕は、陰陽師ロボゾンビが僕に襲いかかるその映像を見ながら、ある人に連絡を取ることにした。あの人は優しいから、きっと心を痛めてしまうだろうけれど、でも、力を借りたかった。


「フラペチーノちゃん、こちらの方が、私の弁護士さんよ」

 車椅子をスムーズに動かしながら言うのは、斜め方向にぱっつん前髪のショートヘア、ギザギザのスカートに、ごつめのブーツを履いた女性……「おばあ」さんだ。僕が先ほど連絡を入れた相手であり、トリプルエックス研究所から和解金を支払われたその人でもある。

 僕は、おばあさんの弁護士さんに、例の映像を見せることにした。僕が心停止して倒れたあと、心臓が止まっている! という鎧武者エックスさんの悲痛な叫び声が入り込み、ゾンビたちから逃げつつエックスオー研究所へ移動していた。

 僕は尋ねる。

「僕の心停止で、どれくらいの慰謝料をもらえるでしょうか?」

 その発言に、大天使キグル・ミカエルさんも、ミライ・ミイラさんも驚いたようだった。片腕がない白銀の甲冑、騎士・ゼットが、僕の肩を乱暴に掴んで、文句を言う。

「和解金などをもらって、ゾンビの問題が解決するものか!」

「しかし、激辛フラペチーノ殿が被害者であることは明白。慰謝料をもらうことは、なんら悪いことではない」

 鎧武者エックスさんの冷静な言葉に、みんなが黙る。その中で、僕は口を開いた。これ以上、みんなに危険な思いをさせたくなかった。


「トリプルエックス研究所の落ち度を認めてもらい、僕が心停止してしまった死亡事故も起きたことを突きつけて、トリプルエックス研究所の所長には、エックスオー研究所に対して、事態の解決に協力するための資金援助をしてくれるように訴えるつもりです」


 おばあさんの弁護士さんは、深く頷いた。これは慰謝料を請求するに相応しい事案だと、そう言った。おばあさんが、僕に向かって言う。

「でもね、フラペチーノちゃん。たった一人で立ち向かうのは、限界があるのよ。私なんかが、いい例よね。和解金を渡されて、黙らされちゃったのだもの」

 おばあさんは、トリプルエックス研究所に口をふさがれたようなもの。僕だって同じ目に遭うだろう。しかし、このまま黙っているわけにはいかない。

 鎧武者エックスさんの配信を見て、トリプルエックス研究所が陰陽師ロボをゾンビにさせてしまったことを、うっすら分かっている人もいるだろう。

 正直に言って、鎧武者さんたちだけで残りのゾンビたちを相手にするのも限界があるし……僕が訴えることで、トリプルエックス研究所が回収してくれるならと、そんなことも考えていた。


「あのう」


 一人、ふらりと手を挙げる人がいた。ミライ・ミイラさんだ。ロケットパンチができる最新鋭の義手のつなぎ目の部分を包帯でぐるぐる巻きにしている彼は、顔中に巻かれた包帯の隙間からこちらを見て、そして、こう言った。

「今、考えた作戦があるんだけど……聞くだけ聞いてくれるかな」

 ミライ・ミイラさんの作戦とは、こうだった。

 まず、ミライ・ミイラさんが預金口座からかなりの額をおろす。これがなければ作戦は進まないらしいので、話を聞くことにする。

 次に、そのお金をエックスオー研究所に支払う。資金難に陥っているエックスオー研究所にとっては、ありがたい話だろう。でも、どうしてそんなことを?

 そして、ミライ・ミイラさんは、僕が心停止した映像を指さして、言った。

「これを鎧武者さんのアカウントでアップしてほしいんだ。ちょっと細工をして」

 その場にいた全員が首を傾げた。

 トリプルエックス研究所を訴えるなら映像はネットにアップしないほうがいい。ネットリンチで社会的制裁を受けたと判断されてしまったら、トリプルエックス研究所をこれ以上訴えられないからだ。

 けれど、ミライ・ミイラさんが提案した「細工」は、僕たちの不安を吹き飛ばした。戦い方は一つだけではないのだと教えられた気がした。


「激辛フラペチーノ殿!」

 鎧武者エックスさんの悲痛な叫びが上がり、左胸を突かれた僕が倒れるシーンが流れる。僕はピクリとも動かない。見ている人たちは不安になっているだろう。

「心臓が止まっている!」

 まるで泣きそうな鎧武者さんの声。大げさに、激辛フラペチーノの命は! と出てくるテロップ。そう、テロップを入れた。これも作戦のうちだ。

 そこで場面が切り替わる。ピンピンしている僕と、鎧武者エックスさんが、隣り合って立っている映像を、新しく撮ったのだ。そして僕は言う。

「鎧武者エックスさんのチャンネルをご覧の皆さん、こんにちは!」

 極めて明るく振る舞う僕は、何が起こっているかわからず混乱しているだろう視聴者さんに向かって、カンペを読んでいった。

「大迫力の陰陽師ゾンビとの戦いを、ドキュメンタリー風に仕立てたドラマをご覧になってくださり、ありがとうございます!」

 ここで安心した視聴者さんが、コメントをたくさんくれた。中には、ふざけるな、と怒っている人もいたけれど、気を強く持って、僕は笑顔を作る。

「このたび、ドキュメンタリー風ドラマに出演してくださるVTuberさんを、大募集しております! 戦うための装備と、殺陣の指導はこちらが行いますので、未経験の方でも大歓迎。残りの陰陽師ロボゾンビを、一緒に倒しましょう!」

「皆の募集を待っておる」

 鎧武者エックスさんが渋く決めて、次回、陰陽師ロボゾンビ対あなた、乞うご期待! と画面に文字が大きく映った。そこで動画は終わった。

 動画の再生回数はうなぎ登り。今までの派手な立ち回りをドラマだったと説明された人々は、どうりでエフェクトが格好良すぎると思った、や、お金がかかったドラマだなあ、など、口々にコメントをしては、動画を拡散していってくれた。

 そして、VTuberたちからの連絡もきた。

 ほとんどが動画の再生数が伸び悩んでいる中堅や初心者VTuberたちだったけれど、中には鎧武者エックスさんとのコラボをしてみたいと言ってくれるベテランさんまでいて、ミライ・ミイラさんにその話をすると、それでは全員採用しよう、ということになったのだった。

 ミライ・ミイラさんの狙い。

 それは、鎧武者エックスさんばかりに負担をかけずに済み、トリプルエックス研究所を訴えるよりもコストがかからず、何より、見ていて楽しい、VTuberならではのお祭り企画。


 題して、VTuber無双!


 収録当日には、十名のVTuberと、ミライ・ミイラさん、大天使キグル・ミカエルさん、隻腕の騎士・ゼット、そして鎧武者エックスさんという顔ぶれが一堂に会することとなった。

 ミライ・ミイラさんがエックスオー研究所に依頼して作ってもらった、対陰陽師ロボゾンビ用の装備をみんなに着てもらう。そして武器を手にとってもらい、各自に撮影ドローンを配備した。

 鎧武者さんが叫ぶ。

「予算確認!」

 すぐさま出てきた予算の画面に、みんなが、おお、とざわめく。

 鎧武者さんは頷くと、にぶい七色に輝く太刀を購入し、その手にたずさえた。太刀の名前は、大一大万大吉。必殺技も購入済みだ。

 そして、みんなが待ちかねたアラームが、鳴り響いた。

「陰陽師ゾンビを確認! 陰陽師ゾンビを確認! 中丸区のコンピュータ資料館に出現! 繰り返す、中丸区のコンピュータ資料館に出現!」

「皆の者、出陣である!」

 鎧武者エックスさんの掛け声に、VTuberたちの頼もしい声が返った。


 それからは、快進撃。

 鎧武者さんの「篠突く雨」を真似して連続で矢を射るVTuberは、やぶさめマロンさん。ケンタウルスの姿をしたVTuberで、上半身はかわいい女の子だ。

 二刀流で、一度に二体の陰陽師ゾンビを倒したのは、現代忍者の月花さん。追いかけてくる陰陽師ゾンビを相手にまきびしを巻く頭脳プレイが光る!

 アクロバティックな動きで陰陽師ゾンビを翻弄しているのは、パルクール講座を開いているアラン境さん。壁を蹴って高く飛び、陰陽師ゾンビをなぎ倒した。

 ベテランVTuberのドクロ坂ミレンさんはすごかった。扱うのが難しいとされる鞭を器用に使いこなし、複数の陰陽師ゾンビを再起不能にしたのだから。

 撮影用ドローンが宙を舞う。

 陰陽師ゾンビを撃破するたびに、VTuberの決めポーズが光る。

 あっという間に、陰陽師ゾンビたちは数を減らしていき、日が暮れる前にエックスオー研究所からのアラームが響く。


「陰陽師ゾンビの信号がすべて途絶えたことを確認。陰陽師ゾンビの信号がすべて途絶えたことを確認。陰陽師ゾンビ一万体プラスアルファの殲滅完了!」


 わあっ! と場が盛り上がった。

 お疲れさまでしたー、と挨拶をして、握手を交わす人々が見える。

 みんな、これをドラマの撮影だと思っているのだ。真実を知らせずに済んで、よかったとも思った。もし知らせていたら、こんなに集まらなかっただろうし。

 動画を編集して、アップした。

「VTuber無双! 陰陽師ゾンビとの戦い、決着編」

 と名付けられたその動画は、見る見るうちに再生数を伸ばしていき、それと同時に再生数が伸び悩んでいたVTuberたちも注目されるようになっていった。

 ミライ・ミイラさんの作戦勝ちだ。

「僕、これからもやし生活ですよ」

 大金を使ったのだろう、ミライ・ミイラさんがぼやく。それに、僕は返した。

「じゃあ、僕の家に来ますか? 鎧武者さんもいますし、コラボ動画は撮り放題ですよ。もちろん家賃はいりません」


 こうして、VTuberたちの活躍により、陰陽師ゾンビとの長い戦いは終わりを告げたのだった。

 そう、陰陽師ゾンビとの戦いは……。


「トリプルエックス研究所開発の、河童ロボ一万体が熱暴走! 鎧武者エックス、至急出動せよ!」


「行きましょう、鎧武者さん! 今回のゲストVTuberは?」

「ドクロ坂ミレン殿にござる!」

 懲りずにロボットを暴走させるトリプルエックス研究所もトリプルエックス研究所だけれど、それを利用して企画を作ってしまう僕たちも僕たちだろう。

 多人数参加型の大迫力企画、VTuber無双!

 次回も、お楽しみに!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Vtuber無双! 倉明 @kuraake

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ