1話 男子校の式に厳格さなんてない

 悪夢のような適性検査から1週間が経過したある日の朝。

 俺とイオは、大きなキャリーバッグを手に家の前に立っていた。

 

 今日は本来ならとても楽しみなはずだった、入学式の日だ。


 家を出ると魔法学園行きの列車に乗るために駅へ向かう。

 適性検査の前日まではあんなに輝いて見えた異世界の景色も、なんだか今は曇って見える。


 駅に着くと、同じように学園に向かうと思われる生徒たちが多くいた。


 これから始まる新しい生活にワクワクしている者。

 自分を高め、研鑽しようと向上心を持ち、覚悟を決めた顔をした者。

 適性検査での結果による男だけの灰色の学園生活の予感に、既に絶望している者。


 それぞれ、新しい生活に様々な感情を持っているようだ。

 3人目の奴とは仲良くなれそうだな.......。


 しばらく待っていると、甲高い汽笛を鳴らしながら列車がやって来た。

 この汽笛もある人にとっては夢の世界へと誘う福音、またある人にとっては地獄行きを告げる悪魔の高笑いのように聞こえるだろう。

 もちろん、俺にとっては悪魔の高笑いに聞こえる。


 イオとともに列車に乗り込み、席に座る。

 始めはイオと喋っていたが、話題が尽きると他にすることもないので夢の世界へ。


 見るのはこの世界に来てから時々見る、この世界に来る前と来た時の記憶だ。



 桜がよく似合いそうな暖かくなり始めた3月の終わり頃の学校。

 その、体育館に大量のパイプ椅子が並べられ、2年生と3年生が座らされていた。


「なあ、このあとどうする?」

「とりま、サイゼ行ってからカラオケコースでいんじゃね?」

「オッケー。 クラスの奴らに声かけてみるわ。

 お前も来る?今日は流石に部活ないよな?」

「それが、あるんだよなぁ......」

「マジ?

 中高一貫で部活引退しないからって流石にブラックすぎだろ」


 などと、あちこちから雑談の声が聞こえてくる。

 辺りを見渡してみると、寝息こそ聞こえないが春の陽気に誘われて、寝ている奴もちらほらいる。


 そんな、卒業式とは思えないほど緩い雰囲気が漂っていた。


 なぜなら、ここは中高一貫の男子校の中等部の卒業式だからだ。


 自分も含めて思春期の男子というのは、先生や親には歯向かい周りの迷惑などあまり考えずに行動しがちな生物である。

 そんな男子の理性はどこから生まれるのであろうか、それは女子という存在からだと思う。


 女子の目というものがあって、初めて常識的に行動できるのである。


 ならば、男子校の場合はどうであろうか?

 女子の目という防犯カメラがないため、口から出てくるのはキモヲタ的な会話と下ネタが8割である。

 中高一貫校のため、内申点制度などなく、受験する必要もない。

 そのため、授業中も真面目に聞く生徒など少数である。

 よって、寝るのであれば周りを気にせずよだれを垂らしながら爆睡し、起きていればゲームをするか友達と上記のような会話をするかしか行動コマンドがないのである。


 そんな学校で、親さえも来ない卒業式となれば誰が真面目に参加するだろうか。


 弛緩した雰囲気のまま卒業式が終わり、雑談したまま退場する。


 そして教室に戻ると、この後どこへ遊びに行くかという話で持ち切りになる。

 校舎が隣に移るだけの卒業に対する感慨や寂しさなどは一ミリも無く、全ての生徒は


 『こんな、学園生活が後3年も続くのかぁ』


 という気持ちでいっぱいだった。



 誘われた卒業記念カラオケに参加するため、一度帰り支度を整えよう。

 そう思い、帰り道を無心で歩いていると

 …

 ……

 気づくと赤子として生まれ変わっていた......。



「ーい 

 お~い、お兄ちゃん。

 そろそろ、魔法学園が見えてくるらしいよ。」


 イオに肩を揺すぶられることでようやく目が覚めた。

 列車の窓から外を覗いてみるとイオの言う通り魔法学園の外壁が少しづつ見えてきた。


 バイアギル国立魔法学園は上から見ると、丸の中に星が入った、五芒星のような形になっている。

 星型の尖った部分はそれぞれ1~5までの魔法学園の寮があり、星部分の外側の位置に校舎と演習場がある。

 中心の5角形のスペースには式典や行事の際に用いる、広大な魔法演習場や庭園などが存在する。


 各学部同士の寮は隣接する学部とほんの少し繋がっているレベルであり、各学部長の仲が悪いのか、魔法的な理由があってなのかは知らないが原則的には他の学部の寮や校舎に無断で入ることは禁止されている。


 そのため、第一や第五魔法学部に入ってしまうと一部の行事などを除いて異性を見ることすら叶わないらしい。


「もうすぐ、お兄ちゃんともしばらくお別れだね~」

「そうだなぁ......全然寂しくなんかないけど。

 お前と離れるとか初めてだな...はぁ......全然寂しくないけど......」

「めっちゃ寂しがってる!

 あまりのシスコンぶりにちょっと引くわ~」


『次は魔法学園前~魔法学園前~』


 そうこうしているうちに、魔法学園に着いてしまったようだ。


 列車から出た後は、他の新入生たちについて行く。

 しばらく歩くと、大きな正門の前にたどり着いた。

 学園内は全寮制で基本的には外出禁止なので、次ここをくぐるのは夏休みの時だろう。


 学園内に入ると受付のような場所で荷物を預け、代わりに生徒手帳を渡された。

 この荷物はあとで空間系の魔法でまとめてそれぞれ寮に送り付けるらしい。

 その説明を聞いて、やはりここはファンタジーの世界だと再認識する。


「じゃあなッ......俺のこと忘れないでいてくれるよなぁ......」


「お兄ちゃん。ごめん、愛が重すぎて受け止めきれない。

 てか、周りの視線がつらいんだけど」


 そんなこんなで最愛の妹との別れを済ませると。


 荷物は預けたから軽くなったはずなのに、足取りは重い。

 自分の教室に着くとそこは前の世界でも体験したことのある、あの雰囲気だった。


 教室の構造自体は前の世界の物とほぼ同じだった。

 一つ違うとしたら教卓の上に可愛らしいクマのぬいぐるみが置いてある点だけだ。


 あまりのデジャブに心が折れそうになるが、俺はまだ一つだけ希望を残していた。


 それは、『教師』の存在である。


 前世では、担任どころか担当教科の先生すら女の人はいない徹底ぶりだった。


 今のところ、この世界の顔面偏差値は非常に高い。(俺調べ)


 よって、前世とは違い、美人な先生の一人や二人いたとしても、なんらおかしくはないのである。


『カーンカーンカーン』


 朝礼が始まるのか、クマのぬいぐるみが立ち上がり、前の世界とは少し違うチャイムのような曲を歌いだした。

 これも、魔法で動いているのだろうか?


 普通に流したけど、かなり異様な光景だな。

 夜中に一人で見たら泣く自信ある。



 その音を聞いて、元からの知り合いなのか、談笑していた生徒たちも着席する。


 そして、ついにガラガラと建付けの悪い横引の扉を開けて先生最後の希望が現れた!


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男子校の4年生は異世界で! 人け @otonage

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