第6話

「黒峰君。‥‥‥それに虎見さん。こんばんは」

顔は笑っているのに、目はどこか冷めている。そんな表情をした東野がそこには立っていた。


「あ、あのな東野。これは、そういうのじゃなくて」

「あら、何を弁明しようとしているのかしら。別に黒峰君と虎見さんが付き合っていようが、キスをしていようが私には関係ない事でしょ?」

いつもの彼女とは違う、少し冷たい視線にドキリとした。み、見られていた?どこからだ。

うっすらと、嫌な汗が背中を濡らす。これは良くない、このままでは誤解される。

「そ、そうじゃないんだ!あれはただ、虎見の目に‥‥‥」

「でもね。余り色んな人に思わせぶりな態度を取るのは良くないと思うな?それだと、軽い人だなって思われちゃうよ。本当に好きな人が出来た時に、その人から嫌われてしまうかも」


ズンと急に胸が苦しくなる。

本当に好きな人から嫌われる‥‥‥?違う、俺は本当に東野の事が好きで。あれ、何だこれ?意識がクラッと遠のきかけた。好きな人から、また成長して告白しよう決めた人から、俺は今拒絶されたのか。


嫌だ。違うんだ。

何かを言おうとしたが、上手く言葉が出てこない。それでも伝えなきゃだろう。必至になって伝えたい言葉を探すが、言葉が見当たらず頭が熱くなってきたとき、


ムニュン。


左腕を覆う、温かくてふにゃりとした感触‥‥‥これはもしかして!

「あ、あのう虎見さん、何してんの?」

「何ですか末君?さっきまでみたいに、レミと名前で呼んで下さい」


俺の左腕に胸をギューッと押し付けて、上目遣いでこちらを見上げている。子犬の様な潤んだ瞳と目が合うと二の句が繋げなくなり、パクパクと金魚みたいに口を開けたり閉じたりするだけで精一杯になる。


というか、虎見のデカくないか?着やせするタイプなのかな。


なんて、俺が思春期らしい思考に気を取られた頃。東野は、ハッと驚いたように切れ長な瞳を大きく見開いてた。


そして……虎見は今日一の笑顔で、困惑する俺の表情と、驚いた東野へと視線を交互に送っているのであった。


ピクピク、と頬を吊り上げるのは東野。

「へえ、キスの次は体まで密着させて名前呼び?随分と進んだ仲みたいね」

穏やかな口調だが、東野の目はもはや絶対零度だ。


「あ、えっ、とこれはだから」


「別にね、2人の事攻めてるとかじゃないのよ?ただ、少しだけ距離が近すぎるのかなって、一応私達高校生だから、健全な距離感は保つべきなんじゃないかな?」


「ご忠告ありがとうございます。でも末くんが誰と何をしてても"東野さんには関係ない"ですよね?それは余計なお世話というやつなんじゃないでしょうか?ね、末くん」


更にその豊満な胸を腕に押し付けてくる虎見。煽る様な態度に、東野がまたしてもピクッと反応する。ちょ、え?一体どうした?


虎見はこんなキャラの奴じゃないはずだ。というか、さっきから末くんって何?初めて呼ばれたんですけど。


「そうね"関係ない"わね。ただ黒峰君と虎見さんがこんな公道で恥ずかし気もなく仲良くしてたから、思わず驚いてしまっただけよ」


相変わらず穏やかな口調ではあるものの、その言い方にひしひしとトゲを感じる。そりゃそうだ。


数日前、自分に告白してきたばかりの相手が他の異性とこんな近い距離感でいたら、例えそれがフった相手でも、良い気分はしないだろうな。


他でもない俺自身、何故今こんな状況になっているのか理解不能だ。マジでどうしてこうなった。色んな感情と思考が入り混じりすぎて訳がわからなくなってくる。


東野の背後からは、明らかに禍々しいオーラ出ている。これは、本気でやばい。


変な汗が、滝みたいに止まらない。


滝行してる人ってこんな気持ちなのかな?修行僧すごいや‥‥‥と、一瞬現実逃避しそうになっていると、東野が俺に言葉を掛けた。


「黒峰くんって、手が早いのね。もっと真面目な人だと思ってたから、正直意外だったわ。そういう男性ってだらしないと思われるし、特に"まともな女子"からしたら軽蔑の対象にしかならないから、気をつけた方が良いかもね」


諭すような東野、その言い方が却って胸に突き刺さる。


好きな子からの容赦ないダメだしにより、絶望の底に落とされ、視界が霞んできやがった。何か言い訳したいのに、正論すぎて言葉が何も出てこない。


「黒峰くんはだらしなくないし、素敵な人ですよ、"自称まともな女子さん"にはわからないかもしれませんけど」


えぇ~!?そこ反論いくぅ?


虎見がこんなにムキになる所を見るのは初めてだ。感情的になるなんてらしくない。本当にどうしちまったんだ?


つい今さっきまで、俺の背中を押してくれて、東野との仲を応援するとまで言ってくれた。それなのに何故?


「そう。そこまでいうなら、私からそれ以上口出しする事はないわね。私はお邪魔な様なのでそろそろ失礼するわ。では黒峰くん、虎見さんお幸せに」


それだけ言い残して、東野は行ってしまった。

そのセリフは酷く冷たく聞こえた。それは、心の中に絡みついて奥へと沈んでいき胸の辺りにモヤっとした影を落とした。


それと、


「「‥‥‥」」


残された俺と虎見の間に流れる気まずい空気。


「‥‥‥あの、さっきのってさ」

「ツッ?あ、あっ!さっきのあれは作戦!……そう作戦です」

「作戦?」

「そうです、東野さんとお付き合いするための」


東野とお付き合いするための作戦?彼女の真意が汲み取れず、全く理解が追いつかない。


「俺と虎見が仲良くしてる所を見せつけるのと、東野と俺が付き合う事に、繋がりを見いだせないんだけど」


「つまりですね、私と黒峰くんが付き合うふりをするじゃないですか」

「‥‥‥うん」

「ふられて直ぐでも、他の女の子とあっさり付き合えてしまう黒峰くんは、モテる男子という事になりますよね」

「うん?」


そう、なのか。


「モテる男子の黒峰くんを東野さんは見直し、若しかして自分は貴重な告白を断ってしまったのではないか?と、考ええると思うんですよ。その結果、お付き合い出来る確率が上がるという訳です」

「お、おお」


正直分からない理屈だけど、女子の虎見がそう言うならそういうものなのだろうか?やたらとテンパっている様にも見えるけど。


「とっ、兎に角です。何があっても、私は黒峰くんの味方ですから」

虎見に言いくるめられた感じは拭えなかったが、


「虎見、ありがとうな。お前が俺の事を考えてくれている事は伝わったよ」

「‥‥‥はい」

「それと、カフェはまた今度でもいいかな?ごめん、少し考え事があってさ」

「そう、ですよね」


少しだけ神妙な面持ちをする虎見に別れを告げて、俺は帰路につく。明日、どうやって東野に話しかけるかな。足りない脳みそをクルクルと回しながら、俺は深いため息を吐いた

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