第4話

キャンキャン!クゥ~ン。


元気がよかったり切なげだったりと、鳴き声や犬種は多種多様だったが、共通していることと言えば…‥‥


「うわ、やば!超かわいいんですけど。なんていうか、もふもふしたい。色んなものをうずめたい」

現在、俺と虎見は犬カフェの店内で床に座りながら、ジュースを片手に動き回る子犬たちに熱い視線を送っていた。


「本当ですね!あ、今あの子、私を見つめていましたよ。ああ、行かないで~」

本気で切ない声を上げる虎見だったが、その気持ちは痛いほど理解できる。

こちらのお店は、お触り禁止!とまではいかないが、基本的に自分から抱きかかえに行くような行為は違反らしい。あくまで、向こうから寄ってきた犬を撫でる位のスキンシップまでなら許して貰えるとの事。何だかフワッしたルールだなと思いつつも、そのための手段として手っ取り早いのは、餌を店内で購入してちらつかせる事だ。オフラインでも課金ゲームの時代かよ。と、冷めたことを考えつつも、あの子たちのエサ代の為なら、いくらでも出して上げちゃいそうな自分が怖い。


同様の事を虎見も考えているのだろう。興奮した面持ちで巾着袋みたいな財布を覗きながら、払える限界金額を計算している様だった。


「あの、虎見さ。入場料とかはお陰様で掛かっていないわけだし、エサ代くらいは俺が払うから好きなの選びな?ビーフジャーキーとか、この場においてはSランク級のアイテムじゃない?しゃぶっている間は動かないから触り放題かもよ」

「い、いえ。大丈夫ですよ。悪いですよ」

「いや全然。それにほら、俺も触りたいからさ」


いやー。でもー。という押し問答にも疲れてきたので、レジに向かうと問答無用で無添加のジャーキーを購入してきた。え、この量で1000円もするの?と思ったが、そこは顔に出さないように堪える。

「ほら、これで犬を呼び出そうぜ」

「ああぁ、すみません。ちゃんと半分だしますから」

「いや、いいよ。それよりさ」


俺は宙でジャーキーをくるりと一回しする。気分としては、魔法使いが振るステッキの気分だ。結果、俺の魔法によって一匹の子犬がトタトタとやってきた。あの子は、先ほど虎見が気に入っていた豆しばか。

「ほら、虎見。バトンタッチ」

「え?」


何が?という虎見の片手を掴むと、そこにジャーキーを握らせる。その瞬間、虎見の腕に目掛けてキャン!という甲高い鳴き声を上げながら豆しばがダイブをかました。


「きゃっ」

その勢いに少々驚いた様子を見せた虎見だったが、直ぐにデレデレとした表情となっていった。

豆しばは、虎見の左手にあるジャーキーを一生懸命咥えながら、虎見の右手によって背中だとか耳の周りだとかをマッサージされている。

え、美少女にご飯を食べさせて貰いながらマッサージまでして貰えるって……羨ましいってレベルじゃない。


再び虎見に視線を送ると、お気に入りの子と触れ合えたのが余程嬉しかったのか、ニヘラーと終始蕩けきった表情で、子犬を撫でまわし続けている。何なら、「おいしーでちかー?」とか、「お腹空いていたのかワン」みたいな言葉を無意識レベルで使うほどに、自分の世界に浸っていた。


しかし、ジ~ッとした俺の視線に気が付くと慌てた様子で、「これは違うんです!」と顔を赤くして弁明していた。


ただ、まあ楽しい時間というのは直ぐに過ぎるのが世の常なわけで。あっという間にタイムリミットの1時間を迎えた俺たちは、店員さんに声を掛けられて店を後にすることなった。途中、虎見が何度も振り返っては名残惜しそうにするものだから、見ているこちらがもらい泣きしそうになった。


何か最後にしてあげられないかと思った俺は、店内のメニュー表を眺めていると一つの文言を見つけた。忍び足で近くにいた女性店員さんに声を掛ける。


「あの、すみません。あそこに書いてるチェキサービスお願いできませんか?」

「ええ大丈夫ですよ。追加で料金を頂く事になりますが」

「ええ、大丈夫です。えっと、あの豆しばの子と彼女を撮ってあげて下さい」

「はい。承りました」

お金を支払った俺は、すかさず玄関で靴を履いている虎見を呼びに行く。


「なあ、虎見。良かったらあの豆しばと一緒に写真撮らないかって、店員さんが言ってくれているけどどうする?」

「え、いいんですか?!」


興奮気味に鼻息をならす彼女を見れば答えは明白だった。

「はーい。それじゃあ、撮りますね。あ、彼氏さんもっと寄って下さい」

「え、いや。彼氏ではないです」

「はいはい、もっと寄って下さいねー」

撮られるつもりは無かったので少しだけ距離を取っていたのだが、半ば強引な店員さんの声に導かれ、豆しばを抱きかかえる虎見の直ぐ横へと並ぶこととなった。

「黒峰君。笑顔ですよ、笑顔。イェイイェイ!」


チェキのサービスを受ければ、本来禁止事項になっている抱っこをすることも出来る。先ほどまで抱きたい気持ちを抑えているのもあったのだろう。ニパーッと本当に嬉しそうにしている彼女の表情を見ていたら、ついこちらも笑顔が零れた。


「ハイチーズ!」

パシャ!


その写真には、だらけた笑顔を浮かべる虎見と、そんな彼女に耳を垂らして抱かれる豆しば。そして、意外と悪くない笑顔を浮かべる俺が写っていた。

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