第13話:和解
数日後、結子自らの申し出で、女子バスケ部キャプテン川嶋との間で正式な退部手続きが
〝何やってんの何を今さら〟。
バスケ部の部室に部員全員が集まり、結子がみんなの前で頭を下げる。
結子が川嶋に「みんなの前で謝罪したい」と川嶋本人に告白した。
それで川嶋が部員を集合させたので事前に話はついていた。
もう何をするのかみんな分かりきっている。
だから部員はみんなケラケラ笑っている。
〝そんな、あんた、何をいまさら〟とバカバカしい。
しかし、結子はまるで表彰状を渡すかのように川嶋の前で「気をつけ」をしてかしこまっているので、川嶋はなんだか照れくさい。
ふざけてはいないのだが、やたらクソ真面目なのでなぜだか照れくさい。
そのキャプテンの似合わない照れくささを見てさらに部員はケラケラ笑う。
超文科系の結子と超体育会系の川嶋。
水と油の二人がかしこまって向かい合って直立不動をしている。
みんなこらえきれない。
幽霊部員ひとりが辞めるのにわざわざセレモニーをやっているのである。
これを笑わずにはいられようか。
しかし、マジメな話なので川嶋は必死で笑いをこらえる。
川嶋がこらえるほど部員は可笑しくてしょうがない。
なんともマヌケで微笑ましい光景である。
いい少女たちだ……。
彼女たちの儀式を新島は微笑ましく見守る。
結子はあくまでも真面目に硬く発した。
「今までサボってばかりでごめんなさい。私を正式に退部させて下さい」
ペコリと頭を下げる。
それを真面目な顔で受け入れる川嶋。何を言うのか?。
部員はニヤニヤ川嶋の言葉を待つ。
川嶋はヤレヤレと照れくさく、
「もーうッ。毎日出席とってたんだからねッ」
主将らしからぬあどけない態度でニヤニヤとスネて発した。
叱責しないわけにはいかないし、マジになる話でもない。
つまりは困っているのである。
リーダーというのは実に難しい。
体育会系の爽やかなヤツなのだ。
「かんにん」
結子は大阪弁で謝った。
「ガハハハハハーッ!!」
わわわーんと部室に響き渡る!。
部員全員が入れ歯を吹き飛ばすぐらいの大きな口でドハーッと笑う。
結子もつられて照れくさく笑う。
川嶋もやれやれと笑う。
〝かんにん〟
これが彼女なりの混じり気のない透き通った率直な言葉だった。
川嶋と部員全員は結子を許し、正式に退部を認めた。
新島は笑ってみんなに拍手した。
結子は部室を出た。
キラッと陽射しが痛い。
でも爽やかに傷を癒す。
新島は部活統括の安藤浩一に今月バスケ部部員が一人退部した報告書を正式に提出した。
さて、お次は文化祭である。
触れていなかったが、5月に文化祭というのも変である。
この中学は文化祭と体育祭を1年ごと交互に執り行う。
去年体育祭をやったので今年は文化祭なのである。
季節は秋のはずだが、地球温暖化の影響でやはり体育祭と同じく涼しく健康的な5月にやることにしている。もう、間もなくだ。
そこで、問題の結子のステージである。
結子のダミーの発案であった軽音楽部は創設されていない。
安藤浩一は許可を出していなかった。
結子の歌への純粋な思いを知っていた新島は、部の創設を手伝うことを、それとなく結子に言ってみたが、こちらも結子は自分で交渉すると断った。
「これもケジメ。さんざん職員室騒がせたんやから。自分でやる」
「強いな、君は」
「センセのおかげ」
「そうかい?」
「優しいねセンセ」
「え?」
「センセ、やっぱり優しい」
「からかうな」
「でも、ホンマにええねん。自分でやんねん」
「そうか。じゃあ、何かあったらいつでも言ってくれよ」
「おおきに」
「おう」
「ねえ、センセ」
「ん?」
「やっぱり『愛し――』」
「アカンッ」
「キャハハッ」
結子は粘り強く安藤浩一、そして文化祭実行委員と交渉した。
しかし、部の創設とステージの使用許可は下りなかった。
結子はみっともなくも泥臭く安藤浩一と実行委員の生徒たちに頭を下げまくっていた。
それを周りの人間たちはケラケラと笑って見ていた。
「自分で作詞作曲だって」
「バカじゃないの?」
「恥ずかしい」
まるでピエロである。
ホントに赤鼻つけてマヌケなジャグリング芸を披露しているみたいだ。
みんな憐れに結子を笑う。
でも、今の結子にそんな冷やかしめいた薄ら笑いは聞こえない。
自分の夢の実現に向けて必死で頑張っている。
でも、環境が悪かったのかもしれない。
これが私立の中学なら少しは融通が利いたかもしれない。
しかし、公立は何かと規則がうるさい。
というより、教師も行事もすべてが徹頭徹尾みんな前例に縛られている。
それが公立というものである。
この厳然たる壁は
それでも結子は独り闘う。
そんな結子の孤軍奮闘を新島は遠からず近からず優しく見つめていた。
助けを求められればいつでも加勢するつもりでいた。
しかし、結子は最後まで独りで交渉し続けた。
しかし、とうとう学校側は最後まで結子に許可を出さなかったのである。
新島は、落ち込んでいるんじゃないかと心配して昼休み急いで結子のもとへと向かった。
だが、当の結子と言えば、そんなのどこ吹く風でケロッとして体育館のステージで一人ピアノを弾いているのである。
「いいのか?」
「ええねん。話聞いてもらえただけで有り難いねん」
「ずいぶん謙虚だなあ」
「その前が嘘八百のゴリ押し作戦でハチャメチャやってきたからね。罰当たったんや、キャハハッ」
可愛いヤツである……。
結子は黙々とピアノを弾く。
静寂の中にアコースティックのじーんとした温かい音が響く。
「皮膚の方、どう?。まだ
「ずいぶん治まった。ホンマにおおきにね」
新島はひょいっとステージに上がり、結子のピアノに
「何て曲?」
「文化祭で歌おうとしてん」
「オリジナルかい?」
「うん」
「へえ、いい曲じゃん」
「エヘ、ありがと。でも、このピアノやからええ曲なんよ」
「このピアノ?」
「もうアコースティックやめて来年から電子ピアノにするらしい。何かと便利いいからね。調律せんでええから。でも、私、デジタルの音嫌いやん。そんでこのピアノ最後に弾きたいなあ思って」
「それで……」
「うん」
「そう言やずいぶん古そうだなあ」
「校歌のときしか弾かんもんね、このピアノ」
「ああ……僕も弾いてるとこあまりみたことない」
「弾かんと調律狂うから、今日、私、ちょっと弾きにきてん。学校も音狂ってないか私に確かめさせてる」
「そうか……」
「ええピアノ、これ」
「へえッ」
「アコースティックピアノって一台一台音が違うの。森の木みたい」
「へえ」
「そこが好き」
「そう」
「でも今年度で引退。どこかの未開発の国に寄付されるんやて」
「なんとか国内に残せないの?」
「いや、私も宝の持ち腐れになるんなら、どこかの国で役に立ってもらった方がいいと思う。でも、そう思ったら何か無性に弾きたなってね。文化祭でこのピアノにスポットライト当てたかってん」
「そうか……」
「アホやろ?」
「そんなことないよ」
「この曲は、このピアノのために書いた曲」
「………………」
「だから私はええの。でも、このピアノなんとか花咲かせてやりたいなあ……」
結子は淋しげにポロロンと音を
結子らしい飄々とした明るい軽妙な曲だ。
それを今の結子はいじらしく
でも、今の新島には、その音は、何だか温かくほっこりとそして胸の奥の奥に優しく突き刺さるように響きわたる。
新島はこの宇宙の片隅で結子という少女に出会えて本当に幸せだったと心から思った。そうすると自然と言葉がこぼれる。
「なあ、文化祭が終わった夜、二人でここへ忍び込んで、二人だけのコンサートやらないか?」
「え?」
「僕と君だけでやるんだ。演奏者は君、観客は僕。二人だけで君のステージをやらないか?」
「そんなこと出来るの?」
「体育館とピアノの合鍵を作っておくよ、へへヘッ」
「アハッ。おっとこまえやなあ」
「見付かったら始末書ぐらいさ。大したことじゃない。それより、君の主演舞台をやろうよ」
「えッ、ホンマに?」
「冗談でこんなこと言わないよ」
「センセらしないなあ」
「どういう意味?」
「暴走。見付かったらたいへんッ」
「14歳の女子生徒のまだ将来のダンナさんにも見せていない大事なアソコを見てんだよ?。もうあれ以上の暴走は無いッ!」
「ハハハッ!。ええねッそれッ」
「どうだい?」
「ホンマにええの?」
「ホンマのホンマ」
「どうしよう……」
「もう『愛してる』って言わないならやってやるぜ、ハハ」
「もーうッ、ほっといてッ」
「やれよッ」
「よーしッ、いっちょやったろかッ!」
ムフフと二人は無邪気にほくそ笑んだ。
バカらしくも微笑ましい教師と生徒である。
さっそく二人は密かに準備に走り回る。
取り残された職員室……。
その日から結子は学校側と文化祭の交渉を
新島も余計なサポートはしなかった。
そして結子のステージは実現されることなく文化祭は淡々と終了した。
そしてその夜である。
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