第12話:告白

帰路、結子は家具屋に寄りたいとまだ真っ赤にれ上がっている瞳で言った。

家具を見て将来のダンナさんと住む部屋を夢想するのが好きだと言う。

中学生の女の子らしい、可愛らしくけなげな趣味である。

新島は、疲れてすべてを出しきった結子をいやすのには丁度いいと思い、付き合うことにした。


8階建ての都内有数の巨大な家具店。

着いた二人は結子の希望でまっすぐ3階のリビングコーナーへ向かった。

エスカレーターをズンズン上がりきると自然と瞳孔どうこうがクワッと見開く。

ソファー、テーブル、書棚、サイドボードにオーディオチェア……、なんと花台かだいまで。なんとマニアックな。すべて揃っている!。

いったい何戸なんこ分の家々いえいえだろうッ。

ワンフロアーの遠くの遠くのはるか遠くまで全部リビング用品。

圧巻である。

「わあああッ!でっかい!。こんなぎょうさんッ!」

結子は突進して家具の中にダイブする。

ぴょんぴょんフロアーで跳ね上がる結子とそれを優しく見守る新島。

結子は新島に振り返り、ニカッと満面の笑みを見せる。

それを新島は嬉しく受け止める。

「すごいねッ!」

「フフ、何でもあるね」

「あッ、あっこ、かわいいソファー」

結子はいそいそと新島の腕を引っ張り、赤いソファーに座らせる。

毛並みが良く、座面の広いゆったりとした瀟洒しょうしゃなソファーである。

どーんと景気よく座る二人。

一気に疲れが落ちて一息つく。

「ふあああああああーッ」

 くったり爽快な声が腹の底からあふれる。

 結子はウキウキと嬉しそうにソファーをでたり眺めたりしている。

「こんなソファー欲しいなあ」

「歌手になったらいくらでも買えるよ」

「イジワルッ」

 じんわり笑う二人。

「ねえ、歌手以外にやりたいことないの?」

「歌手になれんでも歌の仕事はしていきたい。何でもええから歌には関わっていきたい。ほんで曲は作っていく。趣味でもええねん。センセみたいにしてくれた人にプレゼントできたらそれで嬉しい。ほんでその人から『ええ曲やね』って言われたら何十万枚売れるよりメッチャ嬉しい」

「へえ」

「先生は、夢は?」

「僕は心のおだやかさが欲しい。平穏な一日を過ごしていければいいな。少しぐらい貧乏でもいいから精神的な安定が一番欲しいよ」

「へえ……ええ言葉……」

「そうかい?」

「うん……」

「ありがとう……」

 自然とソファーに身体が沈む……。

 目がトロン……。

 二人はなごむ……。

 黙る二人……。

 置時計のカチカチ針の音……。

 …………………………。 

 優しい沈黙……。

 お互いを預ける……。 

 お互いをいたわる……。

 広い家具屋……。

 ぽつん……。

 赤いソファーの二人……。

 暖かい色……。

 遠くを見つめる……。

 二人……。


「先生、愛してるよ」


「は?」

突然の言葉で新島は強い耳鳴りに襲われたような錯覚におちいった。

「ナニ言った?」

新島は真剣にさとす。

「ねえ、私が先生を『愛してる』って言うたら……、アー―――」

「アカンッ」

「――よね。ハハハ」

「当たり前だろッ」

「冗談でも言うたらアカン?」

「ダメだ!」

「やっぱりね、エヘヘ」

「悪い冗談だ」

「ごめんなさい、ヘヘ」

新島はやれやれと鼻で笑い疲れて肩を落とす。

「でも、不思議やね……?」

結子が珍しく重く悲しげに言う。

「何が?」

「一番信頼しとった師岡先生と安藤先生に裏切られて、コイツ一遍どついたろ思うてたセンセに助けられるんやからね」

「そうだね、フフ」

「おもしろいね」

「うん」

「ね……?」

「……」

 ぐーーーっと結子が背伸びして目を見開く。

「私、バスケ部の川嶋さんにもういっぺん謝るッ」

 結子は何か吹っ切れたようにシャキッと言った。

「どうして?」

「心から謝ってなかった。軽音楽部つくりたいだけでしょうもなく謝っとった。もういっぺんちゃんと心から謝る」

「そっか」

「私、もっと外に出てみんなと喋っていかなあかん。引きこもってばかりやと色んな人に迷惑掛ける」

「僕は別に迷惑なんてしてないよ」

「ええねん、おおきに。私、分かってるねん。自分がすぐ殻に閉じこもるの。分かってるけど、どうしてもあかんねん」

「たまに喋ったりするときもあるでしょ?」

「うん。そのときは喋るねん。でも、その先がいつも入っていかれへん。きっと傷つくのが怖いんやなあ……。傷つく前にもう喋るのやめよ思う。その繰り返しや」

 結子はさりげなくうつむいた。

 それから喋らない。

 ただ照れくさそうに恥ずかしそうにずっと下をむいていた。

 そしてニヤニヤと複雑な笑みを浮かべている。

 このとき新島は、明らかに少女の健康的な脱皮を悟った。

 気持ちのいい経験だった。

「そうか。謝罪か。じゃあ僕があいだに入るよ」

「いや、私、自分でやる。自分一人でケジメつける。ええやろ?。お願いッ」

「そうかい……?。そうまで言うなら……」

「おおきに」

「がんばれ」

「取っ組み合いになったら止めてね、ヘヘ」

「またあ……」

「キャハハハッ」

この日、結子は自分自身の足で大きな自立への一歩を踏み出した。

この日ほど新島は教職にいて良かったと思ったことはなかった。

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