第11話:14歳

診察結果はやはり皮膚科でも同じだった。

新島は中年の男性皮膚科医に原因を聞いた。

「分かりませんが、おそらくストレスでしょう。紹介状にもありましたが、慣れない東京暮らしで、やはりストレスが溜まったんでしょうね」

「なぜ陰部に……」

「よくあることです。熱を持ちますし汗で蒸れますしね。毎年梅雨時つゆどきだけ陰部に痒疹ようしんを起こすご婦人なんかもおられます。でも、やはり原因は分かりません。でも、元気で生きてらっしゃいますよ」

皮膚科医は優しく笑った。

「それでなおるんでしょうか?」

「治ります。ステロイドを塗ります。1日2回塗っておそらく2・3週間ぐらいで元の状態に戻るでしょう」

ハアーッと、ここへきてようやく二人はグッタリと安らぎの大きな溜め息をついた。

「お世話になりました」

「お大事に」

診察を終えた二人は会計を待つイスにずっしりと座る。

腰が深くイスに沈む……。

「終わったね」

結子が新島をいたわるように淡々と笑って言った。

「うん。よかったよ」

新島も淡々と返した。

新島が結子を向くと結子も同時に新島を見た。

見つめ合う二人……。

結子は黙って柔らかく両方の口角を上げて観音像のような慈しみに似た笑みを浮かべている。

その笑みをやはり広く大きい笑みで受け止める新島。

二人……。

周りには学校帰りの子供たちであふれている。

ワーワーよくはしゃぐ。

病院であることなど子供には関係ない。

しかし、その喧噪けんそうが、なぜだか二人にとっては〝二人きり〟を強調させ、妙な感慨深さを与えた。

二人の時間、二人の空間だった。

しかし、客観的に見て結子の年齢は新島よりこの子供たちの方に近い。

14歳で初潮を終えた中学3年生の女子生徒であってもやはりまだ子供なのである。

結局結子は、新島、産婦人科医、そして皮膚科医の計3人の男性に自分の局部を見せた。

そして、今、この慈愛に満ちた笑顔を新島に燦々さんさんと与えている。

女は強いな、そして度胸がある、

と新島はしみじみ元気な結子の笑顔を見て思った。

自分が14歳だったときよりよっぽど大人である!。

そして何よりもその笑顔は明るい!。

「センセ、おおきに」

結子がニコニコと言う。

「うん。でもごめんね」

「何で謝るのん?」

「気づいてやれなくてさ。退部するとき一方的に怒鳴ったりして」

「ああ……。そんなん仕方ないやん。身体からだのことなんて誰も分からんよ」

「でも、気になってたんだ。ちょっと配慮が足りなかったなって」

「これでチャラやん。おつりがくるくらい」

「そう言ってもらえると有り難い」

「私も救われたよ?」

「人の心なんて分かんないなあ……」

「ホンマやね、エヘヘ」

「言ってくれてありがとう。大事な所まで見せてくれて」

「私のアソコ綺麗やった?」

「こらッ」

「キャハハッ」

筒井さーんと事務員が呼んだ。

二人はよっこらしょっと立ち上がって受付へ行った。

そして会計を済ませて帰りのドアへと向かった。

新島が向かう。

自然とその後ろに結子が続く。

ドアの前へ来て新島は開閉ボタンを押し、自動ドアを開けた。

ウィーンとまろやかな音をすべらし自動ドアは開いた。

ピューッと外の風を涼しげに浴びながら新島は外へ出た。

そしてポケットから駐車券を出して駐車場へと向かう。

「……?」

背後に気配がない。

……?。

結子は……?。


振り向くと結子がさなぎのように小さく丸まってアスファルトに突っ伏して泣いていた。


「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

人目もはばからず大声を上げてむせび泣いていた。

オンオン群れから外れた荒野の一匹狼のようにさめざめと泣いていた。


やっぱりな……。


新島は思った。

それは産婦人科で感じた不思議な感情の答えだった。

14歳の少女の強がっていた糸がようやく切れたのである。

いや、少女の勇気と努力によって優しい神様がこのイジワルな糸を切ってくれたのである。

産婦人科の診察室を出るとき新島の視界にチラリと分娩台が突き刺さった。

〝ああ、これに結子は乗ってまたを広げたのか……〟と思うと、14歳で東京で一人親元を離れて暮らす結子の重圧というものが新島には痛いほど感じられた。

結子はいつも強く明るかった。

一人職員室の恥さらしになりながらも軽音楽部を創設したいなどと、大人のしかも教師の新島に健気に笑顔を振りまいて……。

人には言いづらい身体からだのしかも局部の病気を一人抱え込んで……。

それでも新島にはいつも明るく接して……。

そして、中学生で産婦人科を経験して……。


今、結子はぼろぼろ滝のように涙を流す。


やはりいろいろあったのである……。

思うものがあったのである……。

彼女は特別な存在ではない。

14歳の中学生のがんばり屋さんのちょっと可愛いムチャをするいたいけな普通の女の子なのである。

新島は少女の涙を見て、退部で彼女を叱り飛ばした浅はかさを心から恥じた。

そして同時に今それがやっと許されて綺麗さっぱりに洗い流されていく心地よい徒労感も味わった。

すべて終わったのである。

彼女は本当に救われたのである……。

「大変だったね」

新島は優しく結子の肩を抱いた。

「ごめん、エヘヘ」

結子は照れくさそうに涙を拭いて立ち上がった。

「鼻水メッチャ出た。アハハ」

新島は自分のハンカチをグリグリッと押し付けてやった。

結子は恥ずかしそうにそのハンカチを受け取り

「このハンカチもらっていい?」

と子供っぽく聞いた。

「うん」

と大人っぽく結子に優しく返した。

「おおきにッ」

少女はまた明るく元気な笑顔を取り戻した。

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