第9話:性器

陽が当たらなくなった夕方の部屋は、より暗く湿った空気に支配された。

新島には、閉め切った部屋に音が無いことが逆に騒がしく思えてならなかった。

それは結子も同じだった。

新島は、医者が手術を始めるがごとく冷静に素早く電気を点けた。

途端、結子の白い肌がより白く透明にサラサラと輝き出した。

いよいよである。

結子はバッと掛け布団をぎ取り、そのままステンと敷布団にパジャマのまま尻もちをついた。

そして躊躇ちゅうちょなく新島の前に、M字型に股を大きく広げた。

新島と結子は強い積極的な諦観を感じた。

新島も結子も、もはや逃げられなかった。

新島には、結子がこの場で性的な誘発をしているのか、純粋に診察を要求しているのかは分別が付かなかった。

しかし、結子の恥じらいの無い開脚姿を見た新島の頭の中には、もはやズル賢く逃げようとする場所などは毛頭なかった。

新島は結子と心中する覚悟を決めた。

結子も病気と孤独の恐怖から解放されるのなら自分の性器をさらけだしても構わないという腹をくくった心理で自身の臆病な逃げ場を作ることを拒否した。

結子も新島と心中する覚悟を決めたのである。

「センセ……」

「いいよ」

布団の上に座る結子は、パジャマのズボンの腰回りに手をやり、ヨっと尻を持ち上げ、ズボンとパンツをいっぺんに降ろし、そして、それを投げ捨てて自身の下半身をあらわにした。

そして、本来、自分の見られたくないであろう恥ずかしいであろう秘部に指をさす。

「ここ」

結子は露出された下半身を大きく開脚し、まざまざとそして淡々と新島の前に自分の局部を開いてみせる。

毛がほとんど無く真っ白で美しい、真珠よりもさらに真珠のようなツヤツヤですべすべの結子の局部……。

顔の肌よりもさらに白く、そして薄いピンクが淡くかかったもぎたての白桃はくとうのようなそれだった。

今まで新島が見てきたどの女性の局部よりも白かった。

新島の見てきた女性の局部は、そのほとんどが黒茶色くろちゃいろく、にじみくすんでいて、

陰毛も冬場などは肛門までだらしなく伸びきっていて、

それはもう性行為以外では性的な興奮を覚えるものではなかった。

しかし、結子の未成年で未経験な局部は、ツヤツヤでぷるんぷるんにぽってりとふくらんでいて、そのはかないイノセントを見たことで罪悪感すら感じさせるほどの美しさだった。

美術品……病巣……未成年の局部……。

新島の心理は複雑だったが、診察する使命感だけは絶対的に揺るがなかった。

希望……不安……恥部……。

結子の心理も複雑だったが、新島への信頼はこちらも揺るぎのないものだった。

二人はお互い「恥じらい」や「欲求」を抱えながらも、しかし、心を集中させて前へと突き進んだ。

結子の大胆な行為は、新島に〝絶対にこのを安心させてあげよう〟という熱意と余裕を与えた。

そして、その新島の優しい熱意と余裕は、結子に純粋な懸命さを与えた。

二人は真っ直ぐに二人自身だけを見つめていたのである。

新島はこの性的で美的な罪悪感を抱えながら彼女を苦しめる病巣をぐっと観察した。

そして結子は自分の恥ずかしい部位を新島に預けるように差し出した。

二人に躊躇ためらいはなかった。

「ここ。分かる?」

結子は積極的な口調で左太腿ふともも付根つけねを指し示した。

かなりきむしったブツブツが直径5㎝ぐらいの範囲に広がっていた。

顔を近付ける新島に結子はまたを持ち上げて、より詳しくてらいなく説明した。

少女が性器を持ち上げて男の眼前に突き付け、男はそれを首を伸ばしてまじまじと覗き込んでいる。

診察台が無いので、はたからみたら完全にアダルトビデオの変質行為である。

しかし二人に邪念はいっさいない。

しっかりと無垢な心で純粋につなががっている。

だから新島はただ診察を続ける。

だから結子もただ身体からだを預ける。

新島が接近して観察すると、膣口ちっこうに近いところはプチプチとはっきりとした形のある無数の浅黒い突起物があり、太腿のところは、まだ新しい薄く平らで赤い斑点状のぶつぶつがアゲハ蝶の模様のように広がっていた。

明らかに皮膚病である。

見た途端、さっきまであった新島の性的な疑惑は一気に消え去り、深刻な医学的議題へと転換した。

そして一瞬でも結子を疑ってしまった自分を恥じた。

そして真剣に自分にぶつかってきてくれた結子に心でびた。

「触っていい?」

新島は真剣に尋ねた。

「ええよ」

結子も真剣に答えた。

当然、もう、二人に恥じらいはなかった。

新島は結子の局部を丁寧に優しく触った。

「イテッ」

結子は素直に反応した。

「ごめんね」

新島は優しく前へ進んだ。

指先で触診すると、膣口の方のブツブツはもう古く、固いかさぶたのようにガリガリになっていた。

太腿の方は熱があり、まだぶよぶよと赤くれ上がっていて、夏休みに森へ昆虫採集に行って草負けして気触かぶれたことを連想させた。

二人は夢中で局部を見つめ続けた。

結子は素直に身体を預けてただされるがままに新島を受け入れる。

新島はただ結子の心の安らぎだけを願って病巣を触り突き進む。

二人はガムシャラに結子の局部を見つめる。

一箇所一箇所、丁寧に丁寧に指先でカリカリと病巣を触診していく。

そして、新島がさらさらっと病巣のはしを撫でたところで、ピクンッと結子の膣口のヒダが反応した。

そしてブルブルっと臀部でんぶが地鳴りのように震えた。

「かゆい……」

結子が淡々とつぶやいた。

新島は結子が安心したことを悟った。

「ごめん。ありがとう。ズボンはいて」

結子は座ったまま事務的に脱ぎ捨てたズボンとパンツを取り上げ、のそのそと不器用に両足を突っ込んで、ヨッとお尻をジャンプして同時に腰までずり上げた。

グレーのスウェット……。

スウェットのグレー……。

グレー……。

いかに結子の肌が真っ白だったか……。

肌をしまった結子は照れ笑いしながらTシャツをズボンの中に押し込みながら新島と対座した。

「テヘヘッ」

結子の顔面に、新島が入室してからずっとった眉間みけんの、隠せない「不安じわ」がここへきて初めて消えていた。

いい笑顔だった。

これを見て、新島は最後の最後まで結子を疑っていた自分を恥じた。

と同時に、彼女を安心させてあげたことに満足した。

そして、いたいげな少女のこの大きな行動に深い尊敬の念をいだいた。

ここまで深刻な病気を抱えて、誰にも相談できずに、部活を作りたいなどとバレバレの浅知恵あさぢえの大嘘をついて職員室中の恥さらしになってまで一人悩んでいたのである。

14歳の少女が。

それも東京のど真ん中で。

親元を離れて誰にも相談できずに……。

新島は心から結子をいじらしく思った。

そして、この蛮勇ばんゆうを自分に見せてくれた可憐な正直さに感謝した。

結子は風呂上りの夕涼みを味わうかのようにてかてか少し顔を赤らめながら火照ほてった身体を柔らかくさせて座っていた。

よっぽど張りつめていた溜まりに溜まった緊張の糸がやっと切れて、青く晴れわたる自由な草原にスパーンと解放された心境なのだろう。

目が自信と安堵感でとしていた。

つやっぽい女の目をしていた。

新島は優しく寄り添うような笑顔を渡した。

二人ともやり遂げた達成感と爽快感で胸がいっぱいだった。

最高の共同作業だったのかもしれない……。

すくなくとも結子にとってはもうこの時点で充分に幸せだった。

でも、新島は違った。

問題はこれからである。

大問題である。

新島は診断しなければならなかった。

「湿疹か痒疹ようしんだね」

「痒疹?」

「要するに吹き出物だよ」

「何でやろ?」

「さあ、皮膚科の病気って原因が分からないものが多いんだ」

なおらんの?」

「薬でどうにでもなるよ。ただ、原因が分かんないだけで。ストレスであろうがエイズウィルスであろうが」

「エイズじゃないよ。私、処女やもん」

結子は無邪気に笑った。

そのあまりに突き抜けた笑いに新島は、胸がすーっと優しくで下ろされるような気がした。

そして感謝した。

感謝したくなった。

「病院に付いてってあげるよ」

「ホンマッ?」

「保険証持ってきてる?」

「うんッ」

「休み取って僕の車で行こう」

「ホンマにホンマ!?」

「ここまできて嘘は言わないよ」

「ありがとう!、ホンマに!。おおきに!」

結子は声を上げてどこまでも深々と恥じらいもなく新島に頭を下げ続けた。

その丸い背中を見て、新島は、彼女が本当に純真な、自然で、飾り気のない無垢な14歳の少女だとつくづく感心した。

でも、感慨にひたるのはまだまだ早い。

新島はズシリと発する。

「さて、問題はどこの病院かだ」

「やっぱり……」

「皮膚科か産婦人科か泌尿器科だね」

「どうしたらええのん?」

「大学に医学部の友達がいるから聞いてみるよ。とにかくそこまで広がってるから早く病院に行かないと。今日帰って、友達とかネットとかで探してみる。君、女医さんじゃないとダメかい?」

「いや、もういい。初め恥ずかしかったけど、センセ見てくれたから、男のお医者さんでもええよ。贅沢ぜいたく言ってられへん」

「ありがとう、じゃあ、さっそく探してみるよ。早く行こう」

「おおきに」

ようやく新島は部屋を出る準備をした。

しかしどうにも何だか照れくさくてしょうがない。

生徒とは言え、診察とは言え、謝罪とはいえ、14歳の局部を大人と少女が二人っきりでマジマジと観察したのである。

なんともなすすべがない。

だから新島は照れくさくこぼす。

「中学生のアソコ見るの初めて。たぶん最初で最後だと思う」

「AVとか無いの?」

「分かんない。少なくとも僕は知らない。あったら業者はそく逮捕だよ」

「そんなアカンことなの?」

「アカンもアカンッ!」

「アハハッ」

「芸術作品としての写真集はあるって聞いたことあるけど、でも、ロリコン趣味の客が買っていくらしいよ」

「私、もう生理もあって大人やのに……」

身体からだはね」

「そうやね。あんなことして相談相手見つけようなんて思うてたんやから。子供やね?」

「そうだよ。悪趣味な。師岡先生と安藤先生はいい迷惑だ」

「ホンマにかんにん。私、あとで謝っとく」

「いや、もうっときな。これは僕と君だけの秘密にしよう。そして、そのままフェイドアウト。それがいいよ」

「………………………………」

「どうした?」

「センセ、ホンマにおおきに……」

「まあ、その言葉は医者行って治ってからだ」

「うん……。ありがとう……」

「風邪、早く治しなよ」

「うんッ」

「じゃあねッ。連絡するから」

「はいッ!」

「それじゃッ」

スクッと立ち上がり役目を終えた一人の教師はグーンと背伸びをして一人の生徒の部屋をあとにした。

しかし、本題はここからである。先はまだまだややこしい……。

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