第8話:禁断

結子は悲しげな影を瞳に落として話し出す。

しかし、深刻ではなく、あくまでもあのいつもの飄々ひょうひょうとした彼女特有の口調だ。

しかし、それが逆に胸を打つ。

「あのね、私のお父さん知的障害者やねん……。私が生まれたときは普通やったんやけど、そのあと、なんかすごいショックなことがあっておかしなったんやて。元々あまり強い方やなかったらしい……。それからお父さん街に出ていろんな人に変な事するようになってん……。病気やから警察もよう処分出来んでどうにもならんかった。私ん、みんな有名人になってしもうて街歩かれへんようになってしもうたん。それで私、東京の学校に来たんよ」

新島は押し黙った。

そして、結子のあの軽音楽部創設のガッツあふれる猪突猛進さと明るさは、この深い悲しみの裏返しの表現であるような気がしてならなかった。

新島は結子を人として愛おしく思った。

そして、この少女をなんとかして「あげたい」と思った。

いや、なんとか「したい」と強く思った。

〝一気に行くッ〟

新島は壁を打ち壊すことを決断した。

すると自然と言葉が心から飛び出た。

「そのブツブツどれくらいからあるの?」

「2年生の東京に来てから……。いても石鹸でよう洗ってたらおさまってたんやけど、でも、3年に入ってもうたまらんようになって我慢できんと掻きむしってたらもう取り返しが付かんとこまで広がってしもうて……」

「そうか」

「アホやろ?」

「そんなことないよ」

「ホンマにアホやねん」

「あんまり自分を責めるな」

「センセ、女の人のアソコ見たことある?」

「う、うん……」

「それはセンセの彼女の?」

「そう」

「今、彼女、居てるの?」

「居ないよ」

「ホンマ?」

「ほんと」

「私、センセのこと好きやよ。ううん、変な意味やのうて。人として好き。こんな薄暗いとこに見舞いに来てくれて、こんなえん女子生徒の話に付きおうてくれて。ホンマに感謝してる。師岡先生と安藤先生には裏切られてショックやったけど、センセに見舞いに来てもらってホンマに救われたと思ってるねん」

「ありがとう……」

「それで、退部のときスゴい怒られてメッチャ腹立ったけど、でも、今はすごい有り難い言葉やと思ってるよ」

「そう、うれしいよ……」

「私、もう、センセしかおれへん……」

「……」

「センセならいいッ」

「え?」

「センセなら恥ずかしないッ」

「どういうこと?」

「センセ……」

「うん……」

「センセッ」

「うんッ」


「センセ、私のん、見てくれへん?」


結子は当たり前のように、しかし芯のある口調でポツリと言った。

覇気のない口調だったが、新島には、彼女が「神様どうか助けて下さい」と言っているような気がしてならなかった。

しかし、これは重大事である。

教育委員会にでも知れ渡ったら一大事件である。

新島は反射的に躊躇ちゅうちょする。

「それはマズいよ」

「分かってる。でも、もうどうにもならんねんッ……」

「医者に行こう」

「でも、どこの医者にいくのん?」

「それは……」

「見てみらんと分からんやん」

「それはそうだけど……」

「もう、私、メッチャ恥ずかしいよ。でも、それ以上に深刻やねん。もう広がっていくブツブツ見ると夜も寝られへん」

「でも……しかし……それは僕でいいの?」

「センセしかおらん」

「僕は……その……。教師が未成年の局部を見るっていうのは……僕は抵抗あるよ」

「……」

「それに、もしこれが嘘だったらもう取り返しのつかないことに……」

「センセ、私のこと、そんな風に見てるの?」

「いや、そんな……」

「センセ、私、もう、全部さらけ出したよ。親が変質者やってことまで話したよ。センセやから話せたんよ。ここまでしてまだ嘘つこうなんて思える?」

「……」

「センセ、もう……、私、どうしていいか分からん。もうこれ以上いったら、私、もう、センセを……」

「僕を……?」

「性的に誘惑せんといかん」

「!」

結子は最後の言葉を産み落とした。

まぎれもなく魂の叫びである。

新島は、この断崖から落ちる一歩手前の少女の叫びに観念した。

そして教師としての最後の役目を果たそうとした。

「分かった。信じる。でも、教師として最後の質問をさせてくれよ」

「うん」

「もし、ブツブツが無かったらどうする?」

「大阪帰って二度と東京には戻らん。歌手の夢も諦めるッ」

 !。

「分かったよ……」

新島はオチた……。

新島はすぐさま立ち上がって部屋のカーテンをピシャッと閉めた。

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