第3話 例えば「お前は俺のおかんかっ!」とツッコミを入れたくなるような決め方
アルヴ関連の商品を扱うお店。通称すると【アルヴショップ】と言われているらしいこの大きなお店には沢山の品が揃えられていた。
フライングスーツは勿論の事、部長が装備していた防具類、剣、槍、斧などと言った武器、果てはプロテインやスポーツドリンクなんかも売られている。
これらを見ただけでここが何系統のお店なのか分かる人にはすぐに分かるというもの。特に格闘マニアにとっては店内を一望しただけで丸分かりである。
因みに、俺もその一人なのでここがスポーツ関係で尚且つガッツリ格闘技系の店である事が一目で理解出来た。
「凄い……初めて来たけどこんなに良いものを取り揃えているのか……しかも何気に……いや、かなり安い……」
トータル的に見てもここは免税店よりもお安く売られている。
もしかして俺は外国にでも来てしまったのだろうかとさえ思えてしまう程だ。
「まあ、アルヴはフェアリーズ・ソードの専門と言っても良い所だからね☆ とはいえ、フェアリーズ・ソードは新参者であるが故に、まだまだマイナーな競技……ここまで安く売るのはかなりの博打なはずよ」
「ふーん……でもフライングスーツはさすがにお高いのでは?」
「と、思うじゃない?でも今ならただで作ってもらえるらしいのよ!」
「えっ、ただ!?でもそれじゃあ利益にはならないでしょ……そんなんでやっていけるんですか?」
「そりゃあやっていけないでしょうね。でも宣伝の為には致し方ない処置らしいのよ。私が初めてフライングスーツをオーダーした時、そう説明を受けたわ☆」
「宣伝ねぇ……」
店を歩き回りながらそんな説明を部長から受ける。
そしてこう思った。
――これで流行らなかったらどうするつもりなんだろうな。それに飛行するのだからそれなりの危険性はあるはずだ。事故で落下死するとかな。その場合、どう責任を取るつもりなのだろうか……
が、結局俺にその答えが分かるはずもなく、ただ思うだけで終わるのだった。
と、ここで部長が立ち止まり右を向いたので、俺も立ち止まってそちらを向く。
するとそこにはまるで衣料品店の如く位置取りでフライングスーツがずらっと並んでいた。
あるものはハンガーに掛けられ、あるものはマネキンに着せられたりしていて、それはもうスーパーの衣料品コーナーを思わせるような並びだ。
バリエーションも豊富。普通の全身タイツのようなタイプもあれば、部長が今着ているような際どいものも揃っている。
ふと、その中の一つに目が留まった。
それは一言で言い表すのであればV字の水着だった。
隠せるのは股間と乳首のみ。本当にV字に秘部を隠すだけの水着である。
――うわぁー、これないわ。さすがに無理だろ。てか色んな意味でアウトー!
「すみませーん!これくださーい!」
すかさず部長がそれを右手に取り、店員を呼ぶ。
「はぁっ?何でそれ!?」
「大丈夫よ、あなたの性癖はちゃんと理解しているつもりだから!」
「いや、それ全く趣味じゃないから!てか会って累計一時間程度の相手の性癖をどうやって見定めるんだよ!」
「お買い上げありがとうございます!」
すかさず店員が駆け付けたかと思えば、部長からブツを受け取って早速梱包し始めやがった。
「ちょーっと待て!俺絶対にそれ着ないから!絶っっ対に着ないからな!!」
「我ながら良い仕事をしたわ☆」
一仕事終わらせたかのような爽快な笑みで額の汗を右袖で拭う素振りを見せる部長。
「いや、寧ろ悪い仕事だから!てか本当に着るつもりないからー!」
「こうして、DTの坊やはまた一歩大人の階段を上るのね☆」
「勝手に人を大人にするな!そしてそのスーツ?は返却します!」
「申し訳ございません、一度登録されたスーツの返品は承っておりませんので」
「登録……?」
畏まった様子で店員が口にした謎ワードに小首を傾げていると、部長が補足するようにこう説明する。
「ああ、言い忘れていたけど、フライングスーツは購入後すぐに個人番号が登録されるの。個人番号登録ってのは、まあ、俗に言う認識票みたいなものね。ほら、自動車で言うナンバープレートみたいなヤツ?因みに私のスーツにも……ほら」
そう言って部長は襟の裏地に刻まれた文字をこちらに見せる。
「な、何でそんな面倒な作業を……?」
「まあ、事故なんかがあったら大変だから。万に一つの可能性も無いけど、人命を預かるからには、念には念をという事でそういう事をしなければならないらしいのよ」
「は?でも個人番号登録?はまだしてないと思うのだが……」
と、言いながら例のV字水着型スーツに目を向けると、丁度布地の股間部分に【史上最被】という文字が浮き出るように刻印された所だった。
「「ほらね」」
部長、そして店員が声を揃えてドヤ顔をする。
「いや、ほらね、じゃねえから!!てか今登録しただろ!?絶対に今登録したばかりだろ!!」
「史上最被……うはっ!君の竹刀?はその刀身と合わない程の長さの鞘にでも納まっているのかしら……ぶふっ!」
「お、おお、お客様……これ以上彼氏さんの彼氏たんを貶すのは……い、いけま、いけませプーッ!!」
――もういい、絶対にこのスーツは捨てる!!そして今夜中にこの女は闇討ちする!!あと店員も!!
怒りにわなわなと震えながら心の底からそう決意する。
「あっ、そうそう。話は変わるけど、この施設では実戦訓練も行えるんだけど、この際だから経験してみない?」
――本当に話は変わったな。まあ、俺が被ってるだの被ってないだのと下らない議論を交わすよりはよっぽどマシだけど。でも実戦訓練とはどういう事だろうか?もしかして実際に誰かと試合する事が出来るとかか?もしそうなら一度ぐらいはやってみたい所だな。
「因みにですがどんな訓練なんですか?」
「そうね……店員さん、この子、初心者だからエネミー戦の仮想訓練ってお願い出来ないかしら?」
「かしこまりました。レベルは何段階に致しましょう?」
というやり取りをしながら二人が移動し始めたので俺はその二人の後ろを付いて行く事にした。
「うーん、いくら初心者とはいえ、武道の心得はあるようだから……確か最高が十だったわよね?」
その部長の問いに店員は首肯する事で答える。
「じゃあ丁度真ん中が妥当かしらね……段階は五でお願い☆」
「承りました」
――何か勝手に話が進んで行っているのだが……つか待てよ。実戦訓練という事は文字通りだと実際に戦うという事。て事はつまりだ…………俺、あのフライングスーツを着る事になるのでは……?
嫌な予感、いや、これは嫌な予知と言った方が正しいだろうか。
不覚にもそれをしてしまった以上、俺はこれからあのフライングスーツを着る事になるだろう。それだけは何としてでも避けたい。男としての沽券やら股間やらに賭けて絶対にだ。となればここは逃げる他あるまい。
思い立ったが吉日。しかしどうやら今日の俺にはそれが通用しない日、つまり厄日だったらしい。決行するより先に部長が動いた。
相変わらずの目では視認できない速度で姿を消したかと思ったら、すぐ背後に気配を感じた。咄嗟に右足を後ろに引いて振り返り、先制攻撃を加えようとしたら、後頭部に凄まじい鈍痛が走る。それと同時に脳震盪を起こしたのか視界がぐにゃりと歪み、立っている事が出来なくなって前方に突っ伏す。
最後に見た光景は背後に立つ部長がとんでもなく悪どい表情を浮かべているというものだった。
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