幕間 星の神と眷属
不幸な死に方をした少女をハッチポッチに送り出した後、星の神エトワールは、草原で一人満天の星空を見上げた。
「はあ……なかなか強情な子だったけど、行く気になってくれて良かった」
エトワールが呟くと同時に、彼の後ろの空間がぐにゃりと歪み、メイド服を身にまとった長身の女性が現れた。薄暗い中でもわかる、美しい金髪と青い目が印象的な女性だ。
「エトワール様」
女性にしては低めの声で、メイドが声を上げると、エトワールはゆっくりと振り向いた。
「ステラか。どうしたんだい?」
ステラと呼ばれたメイドは、端正な顔に感情を表すことなく言う。
「あまり、この遊びに熱中しない方がよろしいかと」
その言葉を聞いたエトワールは、苦笑した。
「君は元人間だからねえ。人間がオモチャになっているのが辛いかい?」
エトワールの問いに、ステラは首を振る。
「異世界から人間を連れて来る上に、願い事も叶えるなど、エネルギーをどれだけ使うと思っておいでですか。
「ステラは心配性だなあ。ボクを誰だと思ってるのさ。太陽神ソレーロと月の神ルナリリアの息子にして、天空神シエリアの孫だよ? それくらい朝飯前さ」
エトワールは、いたずらが成功した子供のような無邪気な笑みを浮かべた。しかし、この少年がただの無邪気な子供ではないことを、ステラは良く知っている。だから、彼女はそれ以上何も言えなかった。
「……そういえば」
「何?」
彼女はまだ話があるらしい。エトワールは、笑みを浮かべたまま首を傾げた。
「今回の娘、随分と熱心に勧誘なさっていましたね。何か理由でも?」
彼女の問いを聞き、エトワールはきょとんとした顔をしたが、すぐにくすくすと笑いだした。
「別に? 折角連れてきた『オモチャ』を無駄にしたくなかっただけさ。でも、粘って勧誘して良かったよ。ボク好みの優しい子だった」
「……そうですね。そこまで家族を思えるなんて……幸福な子です」
そこまで言うと、ステラは初めて顔を歪めた。怒っているとも悲しんでいるともつかない顔だった。
「……彼女が羨ましいかい?」
エトワールは、今度は、幼い子供を見る母親のような、慈愛に満ちた笑みを浮かべて、ステラに問いかける。ステラは、しばらく黙っていたが、やがて「いいえ」と答えた。
「エトワール様に拾っていただいたあの日、私は人であることを捨てました。しかし、それは自分の意思で選んだことです。私は十分幸せです。仕えるにふさわしい方にお仕えできていますから」
ステラは、そう言って真っ直ぐにエトワールを見た。凛とした瞳に見つめられたエトワールは、満足そうに頷いた。エトワールの様子を見て、ステラはまた無表情に戻った。
「そういえばエトワール様、あの家族を殺した『加害者』はこちらに送らなくてもよろしいのですか? 確か、向こうの人間が、異世界に行くことを望んで人を殺した場合、被害者と加害者両方を送るというルールがあったはずですが」
また彼女が問う。エトワールは、「ああ」と相槌を打った。それと同時に、彼の青い目がぼんやりと光る。
「お爺様が、向こうの世界にそんな噂を流したね。『生贄を捧げれば異世界に行ける』って。それを信じて人殺しをする馬鹿もいるわけだけど、今回の殺人鬼は、異世界目当てで人を殺したわけじゃないから。向こうで捕まって然るべき罰を受け……え、嘘でしょ?」
「エトワール様……?」
目を見開き、固まったエトワールを見て、ステラが訝しげな顔をする。
「今、念のため犯人の魂の反応を追ってみたんだけど……なんか、ハッチポッチに来てるみたい」
「なんですって?」
驚くステラに、難しい顔をするエトワール。
「安藤 美奈……彼女から、『異世界に行きたい』という感情は感知できなかった。なのに、誰がハッチポッチに連れて来たんだ? 『異世界行きを望まない、生きた人間』を連れてくるのはルール違反のはず……うーん……」
「エトワール様……」
考え込むエトワールの顔を、ステラが心配そうに覗き込んだ、その刹那。
「……面白いことになってきたね!!」
顔を上げたエトワールが、にんまりと笑った。その様子を見たステラは、安心したように溜め息を吐く。
「殺人の被害者と加害者。ここに来る『被害者』は大抵復讐を望むけど、すみれはそんなことを想定していない。もしすみれと安藤 美奈が出会ったら……ふふふ!」
「しかし、いくつか腑に落ちない点はあります。調査はすべきでは?」
楽しそうに笑うエトワールに、ステラは進言する。エトワールは、笑みを崩さずに言う。
「そんなことはわかってるよ。でも、面白いことは起こりそうだからね! 楽しみなだけだよ!」
「それならいいのですが」
呆れた様子のステラを横目に、エトワールはウキウキした様子で続ける。
「調査と、すみれの傍観。忙しくなりそうだなあ! さあステラ、神域に帰ろうか! ボクはボクで、やることをやらなくちゃ!」
「……仰せのままに」
ステラは一礼し、空間をエトワールの住む神域へ繋げたのだった。
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