願い事

「傍観って……」

 思わず漏れた呟きに、エトワールは何も答えない。怒りがまた燃え上がる。

「ふざけないで。そんなの、私はあなたのオモチャだってことになるじゃない!」

 エトワールがどれだけ腹立たしい奴でも、相変わらず身体が動かないので、私は彼に攻撃することはできない。それでも、叫ばずにはいられなかった。

 私に睨みつけられたエトワールは、初めて困ったような顔をした。

「理不尽なことを言っているのはわかっているさ。君には拒否権だってある。だけど君たちだって、生き物の命を見世物にするじゃないか……まあいいや、ボクは、君を娯楽のために利用する。でも、君にとっても、悪い話ではないと思う。このまま輪廻の輪に戻って全てを忘れて元の世界で転生するか、君の世界での大切な思い出を抱いて、第2の人生をハッチポッチで生きるかの二択、という意味でね。それに、もしハッチポッチに来るなら、着の身着のまま放り出す訳にはいかないから、君の願いを三つ叶えてあげるよ」

 確かに、十六歳で死ぬのは惜しいし、忘れたくない思い出だってある。願い事を使えば、異世界でうまく立ち回ることも可能だろうけど。

「……あなたを信用できない。あなたが提示したのは、ギブアンドテイクの『ギブ』だけ。そんなの、取引として成立していない」

 動かない身体で、エトワールを睨みつけながら言う。エトワールは笑みを深くする。

「人間に用意できる対価なんて、たかが知れてるだろ? 君は、ハッチポッチで好きに生きてくれればいい。それだけで、ボクらの娯楽になるんだから」

 私は、怯まず続ける。

「それに、私の今一番叶えて欲しい願い事は、あなたには叶えられない」

 私の今一番叶えて欲しい願い事、それは、両親のことだった。

 お父さんとお母さん、あんな善良な人たちがなんで理不尽に死ななきゃいけないのか。でも、あの二人が元気に生きていてくれるなら、二度と会えないとしても、私は元気でやっていける。どんな酷い目でも喜んで遭う。でも。

 ──一度世界に「死んだ」と認識された者を生き返らせることは、世界の摂理に反する。

 エトワールは、その願いを叶える気はない。そんな神様には、「ギブ」すら提示できない。

 私の言葉を聞いたエトワールは、きょとんとした顔をした。そして。

「ふっ……あははははははは!!」

 大爆笑した。何がおかしいのか。今度こそ怯んだ私に、エトワールはひーひー言いながら口を開いた。

「君、中々度胸あるじゃん。神に啖呵を切れるなんて! 君の願いはわかってるよー! 親御さんのことだろ!」

「……わかってたの?」

「まあね~」

 にやにや笑うエトワールにめちゃくちゃイラつく。

「君は家族思いだねえ。ここに来る大抵の子は、家族を捨てたがるよ」

「他の子のことなんてどうでもいい。私は、何より家族が大事なの」

 私がきっぱり言い切ると、エトワールはどこか満足そうに頷いた。それと同時に、身体を押さえつけていた力が弱まり、私はようやく立ち上がることができた。

「いいね。そういう優しさ!」

「でも、あなたは、『死んだ人を生き返らせられない』と言った。あなたとの取引は無意味だよ」

 私がそう言うと、エトワールは、笑顔のまま、静かに言った。

「『すみれだけは、守りたい』」

「……は?」

 エトワールの言葉の意味が分からなくて、私は首を傾げた。

「これは、君のご両親が、今際の際に考えたことだ。君が、『君のまま』ハッチポッチで生を謳歌する、それは、君のご両親の最期の願いを叶えることにもつながるよ」

「なっ……!」

 この神様は、本当に残酷で悪趣味だ。そんなことを言われたら、私は、エトワールに、私たちを見捨てた神様に従いたくなると、わかって言っている。

「それに、例え元の世界で生き返らせられなくても、ご両親を助ける方法はある。願えばいい。『両親と一緒にハッチポッチに行きたい』とね」

「え……?」

 そして、エトワールはさらに大きい餌をぶら下げてくる。エトワールに従えば、両親と一緒にいられる。でも、信じるのは危険な気もする。

「さて、どうする? ボクが信用できなくてもいい。でも、1%でも、家族での幸せを取り戻すチャンスがある方にかけるのが、賢明だと思うけどね」

 にやにや笑うエトワールは、やはり不愉快だ。だけど、彼の言うことは正しい。

 ……仕方ない。

「わかった。あなたの提案に乗るよ」

 私がそういうと、エトワールはまた満足げな表情になった。

「そうこなくっちゃ! なら、三つの願いの一つは、『両親を連れてくること』。あと二つはどうする? 向こうの言語を理解する能力と、旅ができる最低限の荷物は全員サービスだから除外ね。あと、自分の好きな容姿に変えることもサービスできるよ」

 結構至れり尽くせりで、胡散臭さが増すが、今はエトワールに従うほかない。

「じゃあ、全員サービスの荷物に上乗せして、親子3人が安定した暮らしを送れる環境をちょうだい」

 お父さんとお母さんも来るし、家族でいきなり旅とか無理だ。帰る家とか、潤沢な資金が欲しい。

 私が言葉に出さずとも、エトワールは私の思うところを理解したらしい。

「要するに、家とかお金とかだね? いいよー」

 良し、これで野垂れ死ぬのは回避できる。後は……。

「最後の願いだけど、私たち家族に『向こうの世界で役に立つ能力』を何かつけて欲しい」

 ハッチポッチは、何でもアリの世界らしい。つまり、何が出てくるかは未知数。生き残るためのスキルはあった方がいい。しかし、どんな能力が有利なのかはよくわからないので、エトワールのチョイスに任せるしかないのが不安だが。

 そんな不安を知ってか知らずか、エトワールは明るく言う。

「いいよー。ボク、家族思いな君のこと気に入ったから、そこそこいい能力つけてあげる!」

 どうやら私は、いつの間にかエトワールのお気に入り認定を受けていたらしい。嬉しくはないが、いい能力をつけてもらえるなら、文句は言わない方がいいか。

「ああ、あと、全員サービスの容姿変更だけど、なんか希望ある?」

「いや、このままでいい」

 ずいぶん魅力的なお誘いだったが、両親にもらった顔を捨てることはしたくなかったので断った。

 全ての確認が終わったのか、エトワールは鷹揚に頷いた。

「よし、じゃあ君たちをハッチポッチへ送るよ!」

 もう、後戻りはできない。これが全部嘘で、もっと酷い目に遭うかもしれない。でも、ぶら下げられた餌を取りもせずに諦めることはしたくない。後悔はしない!

「いってらっしゃい! また会おうね!」

 エトワールの明るい声を最後に、私の意識はブラックアウトした。

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