星の神との出会い
「ん……?」
背中にチクチクとした痛みを感じて、意識が浮上した。ゆっくり目を開けると、視界一杯に満天の星空が広がっていて、私は驚いて飛び起きた。がさりと音がして、そこで初めて、自分が草の上に寝転んでいたことに気づいた。
のろのろと立ち上がり、辺りを見回す。見たことのないような美しい星空と草原が、どこまでも続いている。
「どこなの、ここ」
思わず呟く。私はどうしてこんなところにいるんだろうか。
そこまで考えが至ったところで、私の脳裏に、さっきまでの記憶が再生された。
「あ……!」
身体がガタガタ震え、汗が噴き出す。私は、安藤さんに刺されて、それで。
「私は、死んだんじゃなかったっけ……?」
暗闇に慣れてきた目で自分の身体を見ると、着ている制服は血塗れなのに、傷がなくなっていた。
「どう、して」
「確かに君は死んだよ、殺人鬼に殺された」
「!?」
急に、明るいソプラノ声が後ろから聞こえて、私は振り向く。そして固まった。
さっきまで私以外の人の気配がなかった草原。なのに、私の背後には、十歳くらいの男の子がいた。艶やかな濃紺の髪に、海のように青くてくりくりした瞳の美少年だ。着ているスーツも上等な物のようだ。暗い草原なのに、何故かその子の姿ははっきりと見えた。
その子はにっこり笑って言った。
「はじめまして。そしておめでとう、小道 すみれさん」
私は、現状に混乱しながらも、なんとか、「あなたは、誰なの?」と絞り出した。
「ああ、自己紹介がまだだったね。ボクはエトワール。君たちのいた世界とは別の世界の、星の神さ」
「星の、神様?」
確かに、エトワールは「星」を意味するフランス語だ。でも、こんな小さな子が、神様?
そうやって考えていると、エトワールと名乗った男の子はムッとした。
「ちょっと、失礼なこと考えてるでしょ。ボクは君よりうんと長生きの神様だよ! なんでも見た目で判断するのは、人間の悪いところだよね!」
そう言うと、エトワールは右手を前に突き出した。すると、どこからか、暖かな光が彼の右手に集まり、私に向かって発射された。光はキラキラと私を包み込み、眩しさに思わず目を閉じる。
「目を開いて。見てごらん」
エトワールの声に、目を開いて驚く。着ていた服が、制服から美しいドレスに変わっていた。
「ちょっとした魔術さ。どう? 信じてくれた?」
どうやら、エトワールは本当に神様のようだ。私が頷くと、神様は満足そうな顔をした。
「ま、あんな血塗れの服のまま説明するのも気分悪いし、着替えはしてもらうつもりだったからねー」
神様の言葉にハッとする。私には、訊くべきことがある。
「あの……神、様?」
「あーいいよいいよ、そんな堅苦しい呼び方じゃなくて。エトワールでいいし、敬語もいらないよ。で、何?」
「じゃあ、エトワールで……。その、ここはどこ? 私は死んだはずじゃないの?」
「うん、死んでるよ。ここはボクの作り出した空間で、君は、魂だけの状態でここにいる」
何でもないように、エトワールは言う。はっきりと言われて、私の身体から力が抜けていく。また刺されたことが思い出されて、涙が溢れてきた。
どうして、私たちだったんだろう。私たち家族は、ただ真面目に生きて、幸せに暮らしていただけなのに。高校だって入学したばかりで、やりたいこともたくさんあった。大切な人もたくさんいた。こんなの、あんまりだ。
「驚いたり泣いたり、忙しい子だなあ。ま、同情はするけどね」
どうでも良さそうに、エトワールが呟いた。目の前が真っ赤になる。
気が付いたら、私はエトワールに掴みかかろうとしていた。しかし。
──バチッ
「危ないなあ、何すんのさ」
私の手がエトワールに届く前に、見えない何かに弾き飛ばされた。尻餅をついて、私は少し頭が冷えた。
「ボクに当たるの、やめてくれないかな」
しかし、冷めた目でこちらを見るエトワールが目に映り、私の頭に血が上る。
「……ッ!」
なんとかそのすまし顔を歪めてやりたいと思うのに、指一本動かない。見えない何かに、押さえつけられている。
さらに苛立って、私は叫んだ。
「なんでそんな態度が取れるの?! 私たち家族は何もかも奪われたんだよ?! 何か悪いことをしたわけでもないのに!! あなたが神様だって、私たちを可哀想だって言うなら、私たちを生き返らせてよ!! 私たちの幸せを、返してよ……!」
涙が溢れてくる。それでもエトワールは、眉一つ動かさない。
「それはできない相談だ。一度世界に『死んだ』と認識された者を生き返らせることは、世界の摂理に反する。それにね、君、神が慈悲深くて優しい存在だと思っているなら、考えを改めた方がいい。神ってのは、何より残酷な生き物だよ。生き物の死なんて、慣れっこだからね」
あくまで冷静なエトワールの声。私は、こいつに何を言っても無駄だと悟った。しかし、怒りは消えない。
泣きやんだ私を見て、エトワールは溜め息を吐いた。そして、また口を開いた。
「君の言い分は聞いた。次は、君がボクの話を聞く番だ」
エトワールは、私を真っ直ぐに見て話し始めた。
「さっきも言った通り、ボクは君のいた世界とは違う世界の神。本来なら、僕は君と関わるはずはない。君が死のうが、ここに連れてくる理由もない」
「……じゃあ、なんで」
「そう、どうして死んだ君を拾ったか。それは、最近ボクら神々の間で流行ってる、『ゲーム』に理由がある。ここからは長くなるけど、大丈夫かい?」
こいつ、性格悪い。私に選択肢がないのをわかっていて、わざと訊いてくるなんて。
「聞くしかないんでしょ」
「理解が早くて助かるよ。まず、ボクらの世界の成り立ちから話そう。ボクらの世界は、君たちの世界の人間の、夢、希望、願望、憧れ、理想、妄想、果ては野心まで、様々な感情が固まり、具現化したものだ。ボクらは、『ハッチポッチ』と呼んでいる。君たちの世界で広く使われている言語で、『ごった煮』という意味だね」
「ネーミングが雑……」
子供の頃に見た国営テレビの人形劇がちらつく。
遠い目をした私をスルーして、エトワールは、右手を頭上に挙げた。エトワールの手の上に、まるで映画のスクリーンのように映像が映る。美しい自然や街が、代わるがわる映っては消えていく。
「ハッチポッチは、君たちの願望を押し固めたようなものだからね。剣と魔法のファンタジーを地で行く国や、近未来のSFみたいな街とか、なんでもアリ。あらゆる常識が君たちの世界とは違うけど、誰かが憧れた、そんな国や場所ばっかりな訳」
「まさに『ごった煮』か……」
異世界にトリップする小説はたくさん読んでいるので、異世界の存在はすんなり受け入れられた。そして、私がここに連れてこられた理由も、だんだんわかってきた。魔王を倒すとか、そういうこと?
「ここからが本題なんだけど、ボクらの『ゲーム』って言うのは、君たちの世界から、夢見がちな人間をハッチポッチに連れてきて、どう生きるかを傍観することなんだ」
「は……?」
しかし、返ってきたのは、予想よりもずっと残酷な答えだった。
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