異世界トリップは家族とともに?!

霜月 一三

幸せが壊れた

 ──私の目の前に広がる、この状況は何?


 見慣れた我が家のリビングダイニングは、いつものように綺麗に掃除されていた。違うところと言えば、ダイニングテーブルに乗る私の好物を中心にしたご馳走と、可愛くラッピングされた小さな箱。そして、床に広がる、赤、あか、アカ……。

 そして、赤い海の真ん中に転がっていたのは、私の何より大切な人たち……両親だった。

「あ、……あ……!」

 本当にショックな時、人は悲鳴など上げられないと、この時初めて知った。

 視界がくらくら歪む中、背後から物音がして、反射的に振り向いた瞬間。

「ぐっ?!」

 今まで感じたことの無いような痛みを腹部に感じた。

「あ……ああぁあぁあああぁ!!」

 痛い!!痛い痛いいたいイタイ!!

 初めて私は絶叫した。

 身体を支えきれなくなり、私は血の海に崩れ落ちた。なんで、どうして、私がこんな目に。

 私の頭の中では、こんなことになる前の、幸せな一日が再生されていた。



〈──次のニュースです。都内○○区の住宅で、この家に住む家族四人全員の変死体が見つかりました。これで、三ヶ月前から続いている連続一家惨殺事件の被害は、五件目となりました。警察は同一犯の仕業と見て、捜査を進めています──〉


「うっわ、物騒」

 朝の日差しの差し込むリビングダイニングに入って最初に耳に飛び込んでくるのは、物騒なニュース。都内を騒がす連続一家惨殺事件は、事件現場に一切の手がかりが残っておらず、捜査は難航しているという。

 まあ、そんなことは私には関係ないのでどうでもいい。それよりも大事なのは──

「おはよう、お母さん!」

「おはよう、すみれ」

 キッチンに立つ私のお母さん、小道こみち さくらに挨拶することだ。

 日々の挨拶をしっかりすることは、両親の教えの一つだ。おはようからおやすみまで、様々な挨拶は最低限の礼儀。そうやって子供の頃から教えられてきたので、今やすっかり挨拶を欠かさない癖がついてしまった。まあ、いい事なんだろうけど。

「すみれ、そんなところに立っていないで席に着いたら?」

「あ、うん」

 お母さんが優しく言うので、私はさっさとダイニングの自分の席に着く。すると、お母さんが朝食をお盆に載せてやってきて、手早く配膳していく。トーストの良い香りが、鼻腔をくすぐった。家事上手なお母さんの料理は、見た目も味もいい。

 トーストの香りを堪能していると、パタパタと足音がして、リビングに人が入ってきた。

「あ、おはよう、お父さん」

「おはよう、あなた」

「すみれサン、さくらサン、おはようございマス!」

 入ってきたのは、私のお父さん、ジェラール・小道だった。

 ジェラール?

 何故外人の名前かと思うだろうが、それは当たり前、お父さんはフランス人だからだ。日本語の発音がまだちょっと変だ。

 お父さんは、整った顔に笑みを浮かべて、私の向かいの席に座った。

「今日も美味しそうデス! さくらサンはワタシの自慢の奥さんデス!」

「あらあら、ジェラールったら!」

 お父さんの褒め言葉に、お母さんは頬を染める。今日も二人はラブラブだ。美形外国人と大和撫子がいちゃついている姿は、非常に絵になる。

 こう見ると二人はただの色ボケだが、実はお父さんはアーチェリーの達人兼某名門大学のフランス語講師、お母さんは剣道の有段者だ。天は二物を与えずとは一体。

 そんな二人の間に生まれた娘こそ、私、小道 すみれだ。高校生になったばかりで、漫画、アニメ、ゲームなどが好きなオタク。有能な二人から生まれておいてなんだが、私は運動も勉強も平均的な普通の女だ。

 まあ、お父さん譲りの緑眼を持っているし、お母さんに似たのか顔立ちは整っている方だとは思う。でも、同性の嫉妬を掻き立ててしまい、ろくな目に遭ったためしがないから、正直この顔はあまり好きではない。

「すみれサン、ぼーっとしてどうしまシタ?」

「あっ、なんでもないよ!」

 お父さんに声をかけられて我に帰る。既にお母さんは、お父さんの隣に座っていた。流石に、二人のイチャイチャを見て遠い目をしていたとは言えず、私は曖昧に笑って誤魔化す。私は両親と同時に手を合わせて、「いただきます」を言って朝食を食べ始めた。


「じゃあ2人とも、私行くから」

 朝ごはんを食べて、身支度を済ませた私は、スクールバッグを持って玄関に向かう。すると、両親が玄関まで着いてきた。お母さんは毎日見送ってくれるが、お父さんはどうしたのか。今日は講義の時間の関係で、私より出発時間は遅いはずなのに。

 ドアの前で二人の方を振り向くと、二人はにこりと笑った。

「すみれサンに言わなきゃいけないことがありマース!」

「そうね。これを言わなきゃ今日は始まらないわ」

「え、何?」

 私には、二人の言うことが全然わからない。両親は、お構いなしに口を開いた。

「お誕生日、おめでとう、すみれ」

 二人の声が重なり、私を祝福した。

「え、あっ、あー! そっか!」

 そう、今日四月十三日は私の十六歳の誕生日。すっかり忘れていた。そういえば、この間、欲しいものはないかとか聞かれたような。

「すみれサン、忘れていたのでスカ? ワタシは忘れませンヨ、可愛い娘の誕生日ですカラ!」

「生まれてきて、今日まで健康に育ってくれてありがとう。プレゼントと晩ご飯、期待していてね!」

 両親の優しい言葉に、私は喜びで胸がいっぱいになる。

 両親は、いつだって私を愛してくれた。悪いことをすれば悲しそうな顔で私を諭し、嬉しいことがあった時は、まるで自分のことのように喜んでくれた。私はそんな優しい両親が大好きだし、誇らしい。

「お父さん、お母さん……ありがとう!」

 私は、とびきりの笑顔で二人にお礼を行った。

「サア、パーティは学校できちんと勉強してからデス! 行ってらっシャイ!」

「気をつけてね、すみれ!」

「行ってきます!」

 笑顔の二人に送り出されて、家を出た。


 家を出てまず目に飛び込んでくるのは、お向かいのボロアパート。その入り口から、誰かがふらりと出てきた。

「安藤さん、おはようございます」

 その人は、アパートの住民の一人、安藤 美奈あんどう みなさんだ。ボサボサの長い髪に暗い表情は、陰鬱な雰囲気を醸し出していて声をかけ辛い。そんな彼女に、両親は普通に接するため、小道家と安藤さんはそこそこ仲が良い。

「……おはようございます」

 安藤さんはぼそぼそと挨拶する。それを聞き届け、私はすぐに走り出した。あんなぼそぼそと喋る人と、両親はよくコミュニケーションが取れるものだ。


「佳奈ちゃん、おはようー!」

「すみれ、おはようー!」

 住宅街の中の交差点で、私は、小学生時代からの親友である西森 佳奈にしもり かなちゃんと合流する。サバサバしていて正義感が強い彼女は、私がいじめられた時にはいつも助けてくれた。

「すみれ、今日誕生日だよね。はいコレ」

「えっ、ありがとう!」

 佳奈ちゃんから、可愛くラッピングされた小さな袋を渡された。誕生日を忘れていたのは私だけらしい。

「今日は駅前のアイス屋に行くよ! 皆ですみれの誕生会、企画してたんだー!」

 どうやら、友人たちも皆、私の為に準備をしてくれていたらしい。

 私は、優しい家族や、人数は少ないながら素敵な友人に恵まれていると思う。私の容姿に嫉妬していじめてきたり、容姿と能力のギャップを嘲笑ったりする人から守ってくれたのは、家族や友人だ。だから私は、間違いなく幸せだ。

 この時、私は、この幸せがずっと続くものだと疑っていなかった。


「はあー美味しかった!」

 夕暮れの帰り道。私は佳奈ちゃんと並んで歩いていた。

 高校の最寄駅の近くにあるアイス屋さんでの誕生会で、私はアイスクリームを奢られた。高校で仲良くなった子や、小中学校からの付き合いの友人が一同に会し、私を祝福してくれた。

 友人皆でワイワイ話すのはとても楽しかった。

「すみれに喜んでもらえて良かったよ。企画した甲斐があった!」

「さっきも皆に言ったけど、本当にありがとう。嬉しかった! プレゼントもね!」

 私は改めて佳奈ちゃんにお礼を言う。私の鞄の中には、朝に佳奈ちゃんから貰ったプレゼントや、友人たちから貰ったお菓子が入っている。

「まあ、多分家ではもっと盛大に祝うんだろうね。すみれのお父さんとお母さん、優しい上にすみれを溺愛してるじゃん」

「うん。たまに恥ずかしくなるけど、優しい親だと思う」

 佳奈ちゃんの言葉に、少し照れ臭くなる。佳奈ちゃんは私の返答を聞いて笑った。

「すみれの家族は本当に仲良しだね!」

 佳奈ちゃんの言う通りだ。私が仲良く寄り添う両親を想像していると、佳奈ちゃんがふと難しい顔をした。

「そういえば、すみれは知ってる? 連続一家惨殺事件……」

「あぁ、今日もニュースでやってたね」

 私が相槌を打つと、佳奈ちゃんは声をひそめて言う。

「実は、この事件で被害に遭った家族って、皆、近所でも評判の仲良し家族だったらしいよ」

「へえ」

 あまりニュースを見ないから、知らなかった。

 気のない返事をする私を、佳奈ちゃんは心配そうな顔で見た。

「すみれのとこも、狙われたりして……」

佳奈ちゃんの言葉に、私は笑ってしまった。

「あはは、まっさかー! だって一番最近の事件が○○区でしょ? ここから遠いじゃん! ないない!」

 笑う私を見て、佳奈ちゃんもだんだん笑顔になっていく。

「……だよねー!まさかすみれのところがピンポイントで狙われるなんてないよね! あはは!」

 そうして、私たちは笑いながら歩いて行った。


 朝は集合場所となる交差点で佳奈ちゃんと別れた私は、駆け足で家に向かう。

 少し帰りが遅くなってしまった。一応、連絡のメールは送ったが、何故か返信がない。気づいていないのだろうか。

 まあ、気づいているにしろいないにしろ、両親が私を待っているはずだ。ついでにプレゼントと晩ご飯にケーキも。プレゼントは何だろう。

 そんなことを考えていると、家の前に着いた。しかし。

「……あれ?」

 家の門が、少しだけ開いていた。風が吹き、少しだけ揺れた門が、キイと音を立てる。

 おかしい。両親は、門を開けっ放しにしたりしないし、私にも開けっ放しにしないように言い聞かせてきた。

 まあ、不注意は誰にでもあるだろう。私はそう結論づけて門をくぐり、玄関のドアを開けた。

 家の中からは、全く物音がしない。

「ただいまー」

 静寂に挨拶が虚しく響く。いつもなら、ただいまを言えば、お父さんかお母さんの「おかえり」が返ってくるはずなのに。

 ふと、見覚えのない汚れたスニーカーが目に入った。

 ざあっと、背中を冷たいものが通り過ぎる感覚がした。

 ──この事件で被害に遭った家族って、皆、近所っも評判の仲良し家族だったらしいよ。

 ──すみれのとこも、狙われたりして……

 佳奈ちゃんの言葉が、頭の中でリフレインする。違う。あれは冗談だ。うちが、そんな、まさか!

 足を縺れさせながら、慌ててリビングへ駆け込んだ私を待っていたのは、絶望だった。



 記憶の再生が終わり、私の頭はまた現状を処理しだす。

 薄れゆく意識の中で、返り血塗れの安藤さんがうっそり笑うのが見えた。

 次第に痛みが消えていくが、身体が重くなり、眠くなってくる。

 嫌だ、死にたくない。助けて、お父さん、お母さん……。

 心の中で叫んだ後に気づく。

 お父さんとお母さんは、もう死んでしまったんだ。


 こうして、私、小道 すみれは、十六歳の誕生日に死んだ。

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