機転


 アイカが稼いだ時間で、ミソラはひとまずの脱出を図った。背後から銃声が絶えず聞こえてくる。今月に入ってから、何度銃声を聞いただろうか。

 ユキナは未だに苦しげに咳き込んでいる。胃の中のものを吐き出しきったせいで、吐瀉物を吐き出すことはなくなっていた。彼女の肩を回し、少しずつ地下の搬入口へと歩いている。


「ユキナさん、もう少しだからね」

「はぁ……ゲホッ、ゲホッ……」


 アイカは一人で大丈夫だろうか。彼女が戦えるといっても、複数人相手では流石に分が悪いはずだ。かといって、ミソラが出ていったところで役に立てるわけではない。いざとなればあの仮面が助太刀に入るはずだ。問題がなければこちらへ合流すると、事前の作戦会議で話し合った。


 地下通路にいるはずのスタッフの影はまるで見当たらない。コンクリート壁で足音がよく響く。ユキナのか細い吐息に、ミソラは早くキャンピングカーへ戻ることを祈った。


「初めて会ったときから、そんな体だったのね、貴方」


 あれは割と危うい状態だったのだろう。生理現象の一つだと思い、受け流してしまった。今思えば、今までの旅路で発作が起きなかった理由は空気の澄んだ場所を進んでいたからかも知れないと思った。


「後で貴方の体のこと、聞かせてもらうから。だから、絶対に……」


 声にならない声がミソラが漏れた。誰にも心を開かないと決めていたが、ユキナは最初から好意的に接してきた。彼女との会話は特に身になるようなことは殆どといっていいほどなく、むしろ鬱陶しいと思っていたフシすらある。だが彼女がいたからこそ、あの一団に対して大きな不審に持つことをしなかった。

 彼女はここで果ててはいけない。必ず専門の機関に受信して、体を治させる。それがミソラが抱いた願いだ。


 歩いているうちに出口が近づいてきた。搬入口の扉を開いた瞬間、数台の乗用車がこちらの行く手を塞ぐように並んでいた。スーツ姿の男たちが十人いて、薄暗い空間の中でその茶髪の男の姿はよく目立っていた。


「待っていましたよ、お嬢様」


「……貴方のことは知ってるわよ。家で兄さんと話してたわね」


「僕は君とは初対面のはずだが。けど、お兄さんのことはよく知っているよ。彼とは幼馴染だった。同じ会社を支える、大切な仲間だったよ」


 過去形で彼は語った。つまり今は仲間として認識していないということだろう。ミソラは扉をしめて、憮然とした態度で言った。


「レンさん、って兄さんが言ってたね。貴方、こんな場所で何をしているの? 関係者以外は立ち入りは許されないはず」


「決まっているさ。君たちを迎えに来た。宗蓮寺の諸裏を背負うミソラ様、そして主が欲しがっている要保護者、原ユキナ様。この私、狭間レンが責任を持ってあなた方の臨むものを差し上げましょう」


 そう言って男は黒のセダンの後部座席ドアを開いた。


「ユキナ様、こちらへ。これから、ユキナ様を専門の医療機関につれていきます」


 決断のときが迫っている。助けを呼ぶこともできない。ユキナを置き去りにして逃げる選択が一瞬よぎったが、そういえばと思いそれを口にした。


「ねえ、ついさっきさ。ユキナの血液を飲んでしまったのだけど、この子と同じようになっちゃったりして──」


 ミソラは小さく咳をした。自発的に起こしたものだ。だがそれだけで周囲がどよめくのが分かった。


「けほっ……はあ、随分と毒のめぐりが早いわね。あ、でもカルマじゃないんでしょ。けどユキナさんの体には何かが蝕んでいる。その人の体液を飲み込んだら、私どうなちゃうのかとても気になるかも」


 狭間が厳しい表情になる。ミソラはそれを確認してから、彼女の体を抱え込んだ。


「私も同じ場所に連れて行ってもらえるかしら。これは『宗蓮寺』としても命令よ」

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