名無しの楽曲

 翌日。ユキナはすっかり快調したようで、気合が入りすぎではないかというくらいテンションが高かった。元気があり待っているので、本番にその元気をぶつけてほしいと、ミソラはアドバイスを送ってみた。

「はいっ、寝ているあいだもイメトレ欠かさなかったので、なんだか練習以上の事ができそうです!」

 いいコンディションだ。アイカも心身ともに平常運転らしい。

「体調管理だけは人一倍気をつけているつもりだ。不調は命の危機だ」

 アイカらしい自論に苦笑いを浮かべつつ、本番への安心感が俄然と高まっていった。

 石川県内の道の駅で、相変わらず仮面をかぶっている〈P〉と合流する。まず車でしかいけないような場所までどうやって来たのか突っ込みたかったが、〈P〉がスーツケースから取り出した衣装は、先日ミソラが着たものより上等なものであった。白を基調とし、それぞれイメージカラーを踏襲した繊維が含まれている。ミソラはピンク、アイカは黄色、ユキナは水色だった。

「勝手に色決めやがったな」

『君には金色を贈りたかったが、予算の都合上仕方なかった。次は金色にできるように資金を集めておくことだ』

 舌打ちするアイカだったが、迷わず黄色を選んだ。それぞれサイズ感も違っているので、一番小さめな黄色がアイカが着るものだと自然となる。

『さて、君たち。パフォーマンスのほうはいかがかね』

 三人はそれぞれ顔を見合わせた。うんと頷き、仮面へと再び振り向いた。

「やれることはやったわ」

『それなら結構。では行くとするか。ときに、これから会場がどうなるのか想像がつくだろうか?』

 仮面が突然、問い掛けてきた。ミソラは経験上の推察を口にした。

「もともとそこでのイベントを楽しんでいる人が少数名、気まぐれな買い物客が数名、または貴方が用意したサクラが残り。もし満席だった場合ね」

『概ね正解だ。ただし、最後のサクラは私が用意したものではない』

 つまり満席は織り込み済みらしい。仮面は合成音声の不気味さを強めた。

『君たちの敵が、現れてくれたぞ』

「……わざわざ、ごくろうなことで」

 先日のイベントで少数名の追手を差し向けてきたが、今回はそれを有に超えているだろう。イベント中、またはイベント終わりに、三人の身に何が起こるのかわかったものではない。

「それで貴方は、そんな事態にどうアプローチ取るわけ?」

『私が表に出ると否応でも目立つ。だが君たちの側に待機し、万が一のときは君たちを守ると約束する。その間、せいぜい本物の客を楽しませることに専念するといいだろう』

「本物って、どれが本物よ」

 この言葉が、アイドル活動がどこまでいっても敵をおびき寄せる餌でしかないのだと、改めて認識させられた。


 大手ショッピングモールには、必ずといっていいほどステージエリアが存在する。今回は二階や三階からも観覧できるようになっている。

 白いテントで覆われている待機スペースには、衣装を身にまとい、ラムとミソラがメイクを施していた。ユキナは緊張した面持ちでいたが、アイカは口数が多くなっていて、緊張を感じさせない様子かに思われた。

「外の垂れ幕みたか? 宗蓮寺ミソラ、アイドルデビューイベントだとよ。よくこんな胡散臭いやつらのために引き受けたもんだ」

「そういえば、グループででることになってるけど、グループ名決まってなかったもんね。今から決める?」

「別にいいだろ、どうでも。それより、アタシらは的も同然だ。狙撃でもされたらどうすんだよ。アタシはともかく、二人までカバーできねえ」

 ミソラは合点がいった。アイカも緊張をしているのだ。ただしユキナと抱く緊張とは種類が違う。命が奪われるのではないかという、真に迫った緊張だ。

「……こんな場所で狙撃するメリットはあるのかしら?」

「殺すことが目的ならなんでもいいんじゃねえのか」

 下地を終え、残るはコンシーラーとパウダーファンデーションを飾るだけだ。ユキナは肌がきれいなので、気になるところ部分が少ない。薄いナチュラルメイクでも良かったが、せっかく華々しく飾るのだから、遠慮することはない。

「やるなら人気の少ない場所や悲鳴が聞こえない密閉空間で事に及ぶはずだと思うわ」

「ある意味、密閉空間だろ」

 ほとんど敵の魔の手だと語っている。「サクラ」と〈P〉が評したからには、戦闘員ではない可能性もある。どちらにせよ、警戒するに越したことはない。

「そこは貴方の判断に任せる。危なくなったらユキナさんを優先的に助けてちょうだい。──はい、メイクアップ終わり。違和感があったらいってねユキナさん」

 メイクを終え、ミソラは鏡の方へユキナを誘導させた。ミソラはなるべく、鏡から自分の姿が映らないよう位置取りをしてから、ユキナが己自身と対面したときの驚きの顔に微笑ましく感じた。

「お気に召してくれた?」

「すっごく。ありがとうミソラさん」

 ユキナは華やいた笑顔を放った。プロのメイクリストなら、素材を生かしたメイクアップが可能だ。ミソラがやったのは、見様見真似。

 アイカも施術中の自分の顔をみて、何やら不敵な笑みを浮かべていた。

「これ、変装とかできるんじゃねえの?」

「私に何を期待しているのですか。高校を卒業して就職する女子生徒には、化粧講座なるものが学校で行われていたんですよ。日本人の大抵の女性はできます」

 へえ、とミソラはうなずいた。

「ラムさんも参加したんですか?」

「化粧なんて意味ないと思っていましたけど、社会にでると必須項目で。周囲から少し浮いていたのを思い出します」

「アンタでもそんなふうに見られることあんだな」

 アイカもラムに関しての見解はミソラと一致しているようだ。ユキナとラムは一般的な社会を知っている。それ故に摩擦が少し大きいだけで苦しんでしまうこともあるのだろう。

「……はい、こちらも終わりました。やや厚化粧気味になってしまいましたが」

 恐縮な態度を取るラムだったが、アイカが鏡をみる目つきで杞憂だとわかる。褐色の肌を色っぽく仕上げ、目元は威圧感の残らないようにつけまつげで大きく見せている。人のことを考えている証拠だし、ここまで至るのに努力も重ねたのだろう。

「……みなさん、どうかご無事で」

 そう言って、ラムは恭しく頭を下げ、床下の階段を降りていった。出演者が秘密裏に通る場所らしく、外の搬入口に出られるらしい。ラムはそのまま、車へと戻るのだろう。

 十四時になった瞬間、ステージ上にポップな曲調の音楽が流れ出した。それがはじまりの合図だった。


 

『みなさまっ、ようこそおいでくださいました! 週に一度のお楽しみイベント、今回のゲストは──』

 アナウンスの女性がテンションを上げて溜めを作る。打ち合わせどおりに、ミソラを先頭にステージ上へとあがっていった。ミソラが真ん中に立ち、右隣にアイカ、左隣にユキナという並びになった。

 三人が現れた瞬間、大きな拍手が巻き起こった。〈P〉の言ったとおりに、観客がミソラたちを埋め尽くすような数で溢れていた。

 それからミソラはすぐインカムのマイクを手で覆った。あわせるようにアイカとユキナも続いた。秘密の会話の合図だ。

「……アイカ、わかる?」

「わかるもんか。不自然に固まってもねえし、中年男が多いわけでもねえ。……全員、怪しすぎるってやつだ」

「そう。ならこれ以上は考えるのをやめましょう」

 ユキナを見た。彼女は何処か緊張した面持ちでいた。右手の伸ばし、背中を軽くさすってあげる。微かに張り詰めた表情が和らいだ、ような気がした。

 ミソラは前に出て、観客に向けて声を放った。

「みなさん、こんにちわ! 今日はたくさんのお運びまことにありがとうございます。予想以上のお客さんの数で、正直驚いていますが、精一杯頑張りたいと思います! その前に、メンバー紹介させてください。まずはアイカから!」

 自己紹介はアイドルの華だ。アイカが前に出て、一つ咳払い。特訓の成果をだすときだ。数秒の意図的な沈黙の後、アイカの全体的な雰囲気が大きく変わった。

「はいはーい♪ リーダーに呼ばれちゃったので、アイカちゃんが挨拶しま~す。みんなのお日様に熱をいれる、熱々系アイドル、市村アイカちゃんで〜す。はじめましてだけど、心がアツアツになるライブをみせあげちゃうよぉ〜」

 キンキンに高まった声が会場に轟いたものの、会場の反応はキンキンに冷え切っていた。ミソラとユキナは息を潜んで、アイカの対応を待った。

「あ、あ、あれれ〜、おっかしいぃなあ。────おい、全然反応しねえじゃねえかよ」

 コール&レスポンスの動画を見て自分なりに真似してみたのだろう。涙ぐましい努力に拍手を捧げたいところだが、世の中の事象はすべて時とタイミングだと教えてあげるべきだった。

 ミソラは次の人を紹介しろと視線で訴えかけた。それに舌打ちをしたので、後で説教をしようと頭の隅に置いといた。

「そ、それじゃあユキナ、自己紹介いっといで〜〜〜!」

 半ば無理やりな持っていきかたでユキナは、しどろもどろになりながらも声を張った。

「みなさん、こんにちは。初めてステージに立たせていただきます。原ユキナと言います。歌も踊りもまだまだで、ミソラさんの後を追うのが精一杯だけど、なんとか自分のパフォーマンスを全力でアピールできたら良いと思いますので、よろしくおねがいします」

 終わってから深々と頭を下げる。先程の反動か、拍手が各所から巻き起こった。ユキナが元に態勢に戻ったあと、続いてミソラがマイクに向こうに語りかけた。

「アイカ、ユキナ、ありがとう。これが私と共に立つメンバーです。今日の日のために、一曲だけ披露したいと思いますっ。それではお願いしますっ」

 常に緊張状態にあるが、パフォーマンスとの緊張はまた別種のものだと思った。左右の二人の顔を見合わせる。

 準備はいいか、と視線だけの問いかけで、強めにうなずく二人。呼吸を意識的に意識的に一回行ったところで、三人は構えをとった。

 数秒後、スピーカーからテンポのいいイントロが流れ始めた、それに流れて体を動かす。まるで起動したてのエンジンみたいに。

 そこからアップテンポなメロディへと切り替わり、身振り手振りを開始させた。縦移動と横移動で三人が交差する。

 そういえば、とミソラはあることを思い出した。

 まだ曲に名前をつけていなかった。

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