12

 しばらくして、アルバイト中だったことを思い出した。そうなると一気に恥ずかしくなって、慌ててレンから離れた。

 恥ずかしさで顔が熱いまま店内を見渡したけれど、相変わらずお客様は他にいなかった。いつのまにか店のドアには『closed』の札が掛けられていて、そっとキッチンを覗いてみたら椎名さんもいなくなっていた。作業台の上には


『今日はもうお休みにします。帰るときに声かけてね』


と、書き置きがあった。どうやら2階の住居スペースに行ってしまったらしい。

 気を遣ってもらって嬉しいのと、申し訳ない、という思いと共に、後で絶対に冷やかされると思うとますます恥ずかしくなった。



 「シオ」


レンは私が離れたのが不満だったようで、私を引き寄せた。


「余計なこと考えないで。今は俺のことだけ考えてろよ。やっとシオに伝えられたんだから」


そうして蒼い目で見つめられると、本当に吸い込まれそうになる。

 それに、"天使"としてのレンとは違って、意外と独占欲が強くて子どもっぽいんだなと思ったら、なんだか可愛く思えてきた。どうしようもなく愛おしくもなった。

 そんなレンの態度に嬉しくなった私は、自分からレンに抱きついた。

 椎名さんには後でお礼をすればいいや。今は、レンに流されたい。


「シオ」


レンは満足そうに笑って、それから抱きしめ返してくれた。私も、ずっと伝えたかった言葉を伝えないと。さっきは、可愛くない言い方だったけれど。それも、思っただけで声にならなかったけれど。

 レンは、何よりも、私を選んでくれたから。


 「レン」


「んー?」


「あの時、晃に振られた時、私、暗闇にいたの。光をくれたのは、レンだった。だから、ありがとう」


恥ずかしくて、レンの胸に顔を埋めながら言った。


「…他の男の話はするなよ」


不機嫌そうに、レンは言った。私を抱きしめながら。

 私が振られた相手なのに。"晃"と名前を出しただけで嫉妬するレンが、可愛くて。抱きしめる腕の力が強くなるのが嬉しくて。


「レン」


「んー」


私の髪に顔を埋めながら返事をする。それがなんだかくすぐったくて。でも、どうしようもなく嬉しくて。私は私のままでいいんだって、思えて。だから、もうちょっと頑張って、伝えてみる。


「レン、大好き」


言ってからやっぱり恥ずかしくなって、レンにぎゅって抱きついた。そんな私に、レンは嬉しそうに、


「うん、俺も」


と言ってくれた。






 ちょっと意地悪だけど、優しくて。

 他のひとの名前にまで嫉妬して。

 でも、私のためにすべてをかけて愛してくれる、元天使。

 私の、大切なひと。

 私に、光をくれたひと。

 素直になれないときもあると思うけれど。

 頑張って、これからも伝えるね。


 全部全部、愛おしいから。


 だから、ずっと傍にいてね。




──愛してくれて、光をくれて、ありがとう

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ありがとうも言えないままに 鳴海路加(なるみるか) @ruka_soundsea

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ