7

 「ああ、もう、遅くなっちゃった」


 天使、お腹を空かせて待っているんだろうなとか、帰ったら帰ったでまた『遅い』とか、文句を言われるんだろうなとか。そんなことを考えて、最近はそんな会話も密かに楽しみにしている自分に気付いた。


 私は今、帰宅するために校門を目指している。


 今日はゼミでの教授の話が面白くて、つい聞き入ってしまった。質問などもしつつ、満足いくまで話を聞いた。そしてふと窓の外を見ると、真っ暗になってしまっていた。それに気付いた教授は、柔らかい笑顔で


「ああ、桜木さんがキラキラした目で楽しそうに僕の聞いてくれるから、つい長話をしてしまったね。もう遅いし、あとはいいから、気を付けて帰るんだよ」


と言ってくれた。


「いえ、とても楽しかったですし、勉強になりました。また教授のお話、楽しみにしています。すみません、ありがとうございました」


と返して、急いで校舎を出たのだ。

 急ぎたくて走ろうと思っているのだけれど、今日に限っていつもより高めのヒールが走りづらい。

 たまにオシャレに気合いを入れようとするとこれだ。なんて思いながらも急いでいると、校門の近く、暗がりの中で人影が見えた。驚いて歩みが止まった。嫌だ、変な人だったらどうしよう、と身構えていると


「シオ、」


声が聞こえた。聞き覚えのある声。影が動いて、街灯の薄明かりにその顔が照らされてわかった。天使だった。

 

「遅いから、迎えに来た」


そうして天使は微笑んだ。けれどその笑顔はいつもとはなんだか少し違って見えた気がする。切ないような、苦しいような。そんな表情にも見えた。

 薄明かりではきちんと見えない。気のせいかな、なんて思って、私は天使に駆け寄った。


「そっか、ありがとう、わざわざ来てくれて。でも、そんなにおなか空いてたの?」


ふふっと、からかうように私は笑った。


「…うん、まあ。それだけじゃないけど…」


そうしてまた見せた、いつもとは違う表情。


「何?」


首を傾げて天使の顔を覗き込むようにすると、意を決したように口を開いた。


「あのさ、俺、…帰ることになった」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る