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 「ああ、もう、遅くなっちゃった」


 天使、お腹を空かせて待っているんだろうなとか、帰ったら帰ったでまた『遅い』とか、文句を言われるんだろうなとか。そんなことを考えて、最近はそんな会話も密かに楽しみにしている自分に気付いた。


 私は今、帰宅するために校門を目指している。


 今日はゼミでの教授の話が面白くて、つい聞き入ってしまった。質問などもしつつ、満足いくまで話を聞いた。そしてふと窓の外を見ると、真っ暗になってしまっていた。それに気付いた教授は、柔らかい笑顔で


「ああ、桜木さんがキラキラした目で楽しそうに僕の聞いてくれるから、つい長話をしてしまったね。もう遅いし、あとはいいから、気を付けて帰るんだよ」


と言ってくれた。


「いえ、とても楽しかったですし、勉強になりました。また教授のお話、楽しみにしています。すみません、ありがとうございました」


と返して、急いで校舎を出たのだ。

 急ぎたくて走ろうと思っているのだけれど、今日に限っていつもより高めのヒールが走りづらい。

 たまにオシャレに気合いを入れようとするとこれだ。なんて思いながらも急いでいると、校門の近く、暗がりの中で人影が見えた。驚いて歩みが止まった。嫌だ、変な人だったらどうしよう、と身構えていると


「シオ、」


声が聞こえた。聞き覚えのある声。影が動いて、街灯の薄明かりにその顔が照らされてわかった。天使だった。

 

「遅いから、迎えに来た」


そうして天使は微笑んだ。けれどその笑顔はいつもとはなんだか少し違って見えた気がする。切ないような、苦しいような。そんな表情にも見えた。

 薄明かりではきちんと見えない。気のせいかな、なんて思って、私は天使に駆け寄った。


「そっか、ありがとう、わざわざ来てくれて。でも、そんなにおなか空いてたの?」


ふふっと、からかうように私は笑った。


「…うん、まあ。それだけじゃないけど…」


そうしてまた見せた、いつもとは違う表情。


「何?」


首を傾げて天使の顔を覗き込むようにすると、意を決したように口を開いた。


「あのさ、俺、…帰ることになった」

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