6
「シオ、今日はなんだ?」
食材をバッグから取り出す私に、まるで付き合っているかのような距離感で天使は訊く。私が狭いキッチンに立つと、よく後ろから覗いては同じことを言うのだ。
いつの間にか"シオ"と呼ばれることに違和感を感じなくなっている私。だけどすんなり受け入れるのもなんだか腑に落ちないから。
「今日はトマトのパスタ。ていうか"シオ"って呼ばないで。いつも言ってるじゃない」
「別にいいだろ、減るもんでもないし」
天使はきょとんとした顔で答えた。
「減る!」
私は不機嫌に見えるように言った。
「じゃあシオも呼べばいいだろ、"レン"って。ほら、呼んでみろよ」
「絶対に嫌」
そうして私が口を尖らせると天使はふふっと笑って、はいはい、と言う。なんだか最初の頃とキャラが違う気がするのは気のせいだろうか。
「ところでシオ、"ぱすた"ってなんだ?」
そうか、パスタも知らないのか。この世間知らずには本当に驚かされる。いったい天使は何を食べて生きているのだろう。普通の人間とは違う文化があるのかもしれないとは思う。今みたいにパスタを知らなかったり。けれど出したものは嫌な顔もせずに残さずに食べる。律儀なのかなんなのか。
「パスタって言うのは… んー、説明するの面倒だから食べて理解してくれない?」
この天使にはいちいち使う食材の説明が必要で困ってしまう。けれど知らない食べ物を出されても残さず食べてくれるし、初めて食べるものでも『おいしい』と言ってくれる。それが少しだけ嬉しい。
晃は何も言ってくれなかった。『おいしい』も、『おいしくない』ですら言ってくれなかった。感想も何も言わず、ただ黙って食べるだけだった。
私、本当に愛されていたのかな? 一瞬でもそんな風に思ってくれていたのかな…
「シオ、どうかしたか? おい、シーオー」
天使に顔を覗き込まれてはっとした。買い物をしてきたバッグから食材を取り出す手が止まっていた。
「どうもしないよ?」
慌てて取り繕うと、天使は眉を八の字にしていた。
「どうした? どっか痛い? あれか、女子の日か」
「なんでもない! ていうかパスタは知らないのになんでそういうことは知ってるのよ!」
この天使、パスタも掃除の仕方も知らないくせに、どこからそういう情報を得ているのか。この知識の偏りはなんなのだろう。
「さあ、なんでだろうね」
いたずらっぽい笑みを浮かべて天使は言った。その笑顔に少し、ドキッとした。でもそんなことは勘違いだと自分に言い聞かせて、私はごはんを作ることに集中することにした。
「もう、今からごはん作るからあっち行ってテレビでも見ててよ」
そう言って天使を遠ざけた。その私の姿を、天使が微笑みながら見つめていることになんて、私は気付くはずもなかった。
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