5

 あの日以来、天使は本当に私の家で暮らし始めた。あの後私のアパートまでついてきて、私は急いで家に飛び込んで鍵をかけたのに、振り返ったらそこに天使が立っていた。


「鍵とか関係ないから」


なんて、ニヤリと笑いながら。


 私は地元から離れた大学に通っているため、一人暮らしをしている。ありがたいことに、親が仕送りをしてくれているのと、主に週末などの単発のアルバイトで生活している。

 でもその家で、天使とはいえ男性と暮らすだなんて。周りに知られたら何を言われるかわからない。特に私に甘い過保護な親の耳にでも入ったら大変なことになるのは目に見えていた。

 だから天使を追い出そうとしたのだけれど、鍵をかけても意味がないとなると、私にはもうどうしようもなった。天使は『役目を終えたら出ていく』と言っていたし、結局私が折れる形になった。


 とは言え、はじめは嫌でしかたがなかった。居候のくせに口うるさいし、何より天使は世間知らずだった。というより、知識が片寄っていると、数日過ごして気付いたのだけれど。

 変なところで律儀で、居候の初日に封筒を渡してきた。何が入っているかわからないし、私が受け取らずにいたらとても不機嫌な顔で言った。


「受け取れよ。じゃないと俺が"ヒモ"みたいだろ」


何を言っているのかと思って仕方なく受け取った封筒を開けるとお金が入っていた。部屋に上がり込んで居候をすることは勝手に決めるのに、そういうのは気になるのかと、少しおかしくなった。

 仕方がないので、家から勝手に出ないことを条件に私が折れたのだ。


 居候2日目、私が帰宅するとすぐに私に文句を言ってきた。どうやら勝手に家から出ないという条件を律儀に守っているらしい天使は、ずっと家にいるためどうしても飽きるようで。何かすることはないのかと訊いてきた。

 私は勝手にいろいろ決める天使への、ちょっとしたいたずらのつもりで、掃除の仕方を教えた。普段からそこそこ掃除はしているけれど、そこまで丁寧にするわけでもないし、私がいない間に掃除してくれたら楽だから、という理由もあった。

 けれどそんな私の考えなど知るよしもない天使は、私が掃除の仕方を教えている間、目を輝かせていた。

 どうやら綺麗になるのが楽しいらしくて。普段手をつけない細かいところの掃除までして、床も窓もピカピカになるくらい磨いてくれた。

 けれど料理はどうしても性に合わないらしくて、それだけは一度挑戦してからやろうとはしなかった。私の帰宅が遅くなることがあっても待っていた。帰ったら帰ったで、遅いだの腹へっただの文句は言われるけれど、家中を綺麗にしてもらっているからあまり強く言えない私もいた。


 天使なんて、ただの居候なのに。すごく嫌だったはずなのに。そこにいることが"あたりまえ"のようになってしまっていた。

 毎日、家に帰るのが少しだけ楽しみになってしまっていた私がいた。

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