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 「おまえ、勝手に手離すなよ」


声がして、体がふわっと軽くなった気がした。瞑っていた目を少しずつ開けると、あの蒼い目が私を覗き込んでいた。

 やっぱり、口は悪いけれどとても綺麗な目をしている。見とれていると"天使"はニヤリと笑った。


「何見とれてんだよ。俺に惚れたか?」


「そっ! そんなわけないでしょ!」


バカじゃないの? と付け加えて否定したけれど、きっと私の頬は紅いと思う。だって、顔がすごく熱い。


「はいはい。でももう暴れるなよ。シオンが落ちちゃうから」


そうして"天使"はほほえんだ。不意打ちで名前を呼ばれたうえに、笑うと少し幼くなる笑顔が意外で、少しだけドキドキした。けれどそれを悟られないように目を反らして黙っていた。


 地上について、そっと降ろされた。触れられていた部分がなんだか熱を持っている気がした。


 晃はあまり抱きしめてはくれなかった。手だってなかなか繋いではくれなかった。私はいつだって手を繋いで歩きたかったのに、言えなかった。いつも晃が前を歩いて、その少し後ろを歩いた。晃の背中を見る度に、少しだけ胸の奥がちくりとした。

 私から『手、繋ご?』なんて、可愛く言えたらよかったのかな。素直に甘えられたら今も隣にいてくれたのかな。考えてもわからないけれど。

 晃がしてくれなかったからなのか、"天使"が離れてしまうのがほんの少しだけ、名残惜しいと思った。


 「俺が天使だって、わかっただろ」


そんな私を尻目に、得意気に"天使"は言った。その態度に少し腹が立ったけれど、さっき十分に思いしらされてしまったし、自分で自分をつねってみたけれど、夢じゃないのだと思いしらされただけだった。もう、認めるしかなかった。


「わかった。あなたが天使だって、認める。だけどその『天使さん』が私に何の用なの」


わからなかった。この天使が私の前に現れた理由が。先程からの言動を考えると、私を貶して見下して、不幸に陥れようとしているようにしか思えない。


「おい、俺は『天使さん』なんて名前じゃない。"レン"だ。仕事で来てるんだよ。あんたを幸せにするために」


 なぜか自分の名前を強調して、天使は言った。名前を強調されたところで、呼ぶつもりなんてないのに。しかも幸せにするためだなんて、やっぱり怪しい。天使なんかに、どうこうできるのだろうか。

 でも、もし本当に幸せにしてくれるのだとしたら。また晃の傍にいられるようになるのかもしれない。私の幸せは、晃といることだったのだから。


 「ああ、言っておくけど、さっき振られた男とよりを戻せるわけじゃないから。それはそういう運命だったんだ。運命は簡単には変えられるものでもないし、俺にはそんな力は無い」


まるで心の中を覗いたかのように、天使は言った。それから、意地の悪そうな笑顔を見せた。


「それと、今日からあんたの家で暮らすから。よろしくな、"シオン"」


それは、今日一番の衝撃だった。


「嘘でしょー!?」


月あかりの下で私の声が響いた。天使は青白い光を背に、口角を上げた。

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