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 何を言っているのだろう、この男は。酔っているのだろうか。春は変な人が増えるっていうし、おかしな人なのかな。天使という割には黒ずくめだし。けれどこの自信に満ちた表情、やっぱりちょっとやばい人なんじゃ…

 なんて考えていると、その"天使"が不機嫌そうに眉間に皺を寄せて言った。


「おい、おまえ。俺はれっきとした天使だ」


「いやいやいや、信じろって方が無理でしょ」


思わず口から出てしまってはっとした。本当に頭がやばい人なら、何をされるかわからない。逃げようとした瞬間、腕を掴まれた。


「証拠でもみせてやろうか」


私が振り払おうとするより前にその"天使"はニヤリと笑い、私を引き寄せた。


「ちょっと、何してんの。やめてよ」


暴れて"天使"の腕の中から逃れようとすると


「うるさい。少し黙ってろ」


と睨まれた。

 よく見ると"天使"は蒼い目をしていた。薄暗い中でもわかるような、引き寄せられるような深い蒼に、私は口を噤んだ。と同時に、強い風が吹いて目も開けられなくなった。

 "天使"の腕の力は緩むことはなくて、けれど優しく抱きしめられているような感じで。なんだかふわふわしている気がした。


 「おい、目、開けてみろ」


頭の上から声が降ってきて、私は恐る恐る目を開けた。そういえばいつの間にか風もやんでいた。それでも未だ抱きしめる腕を緩めない。

 冷静になって、さっきから命令口調で勝手なことばかりしているこの"天使"に文句のひとつでも言ってやろうと思った。睨み付けるように見上げると、大きな白い翼が広がっていた。


「え…何それ…」


私の視線の先にあるものを理解し、"天使"はそんなことかと言わんばかりに答えた。


「おまえの目に見えた、そのままのものだ」


「嘘…本当に?」


「だからさっきから言ってんだろうが」


"天使"は、また眉間に皺を寄せて言った。私はパニックになった。

 だってそんなこと、ありえない。あるわけがない。天使なんて、いるわけがない。


「嘘…絶対嘘! 嫌だ、気持ち悪い! 離して!」


そうして必死で離れようと"天使"の腕をがむしゃらに振りほどいた。


「あ、おい!」


"天使"の慌てたような声が聞こえた。同時に、私の体は落下していた。だとすると、私はさっきまで浮いていたようだ。ふわふわしている気がしていたのは、実際に空に浮いていたから、らしかった。

 なぜか冷静に思っている自分がいて笑ってしまう。叫び声さえ出ない。


 本当に、今日はなんてついていないのだろう。彼氏には振られるし、しかも子どももできて結婚するらしいし。変な"天使"に会うし。おまけに、今なんてどれくらい高いかわからない空から落ちてるし。

 でも、もういいかな。晃がいてくれないなら、生きている意味なんて無いし。私にとって彼はそれくらい大切な存在だったのに。彼にはそうでもなかったみたいだけれど。恋愛で身を滅ぼすなんて、自分には関係ないと思っていた。上手くいっていると思っていたのに。全部私の勘違いだったな。

 そう思うと、自分の浅はかさにため息しか出なかった。

 このまま地面に叩きつけられて、死ぬのかな。本当に、ついてない。なんて思って、ぎゅっと目を瞑った。

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