13・隠密潜入工作

 ……続き。


 そして 現在、俺は音楽準備室の掃除をしている。

 なんで 俺、青春の一ページをこんな事に費やしてるんだろ?

 しかも 準備室 マジで汚いし。

 上永先生、いったいどれだけ掃除してなかったんだ?

 心の中で文句を言いつつ 掃除をしていると、不意にピアノの旋律が聞こえて来た。

 ピアノの旋律なのだから、当然 音楽室からだ。

 でも、今日は音楽部 休みなのに、なんでピアノの音が聞こえるんだ?

 ……まさか 学校の七不思議の一つ。

 独りでに鳴るピアノ?

 いや、まさかね。

 夏も近いから まだ明るいし。

 でも、夕暮れ時って、逢魔が時って言って、むしろ その手の者が出やすい時間帯だって聞いたことが……

 よし、逃げよう。

 掃除なんかクソ喰らえだ。

 逃げると決めたからには、迅速に実行すべし。

 しかし 問題がある。

 ここは音楽準備室。

 出入り口は音楽室にある。

 よって、逃げるには音楽室へ戻る必要があり、つまり ピアノの存在する部屋を経由しなければならないと言うことだ。

 準備室から出られない。

 万事休す。

 このままピアノが鳴り止むまで、この部屋に閉じこもっているか?

 いや、そんなことしたら夜になり、BL本を回収するときのような思いをまたする羽目になる。

 むしろ事態は悪化する。

 どうする?

 どうすりゃいい?

 落ち着くんだ、俺。

 あの 数々の戦いを思い出すんだ。

 俺は かつて固体の蛇となり、または 偉大なるボスと呼ばれた 裸の蛇となり、最後には猛毒の蛇となって、幾度も世界を救った男。

 隠密潜入工作は超得意。

 幽霊にだって発見されるものか!



 俺は身をかがめて頭を伏せ、態勢を低く保ち、音を立てないよう そっと扉を開けると、準備室を出て、ピアノのほうを見ないように、音楽室の出口へと向かった。

 ピアノの旋律は続いている。

 つまり幽霊は俺に気付いていない。

 ふっ、さすが俺。

 幽霊にすら存在を気付かせないとは。

 と、油断したのがまずかった。

「あら、どうされました? なぜ 隠れるように音楽室から出ようとしているのです?」

 見つかってしまった!

 ……やべぇ。

 嫌な汗が噴き出る。

 ここで振り向いたら、間違いなく取り憑かれる!

 一気に逃げるか?

 しかし 音楽室から出るにはまだ距離が遠い。

 なにか、なにか 手はないのか?

 思い出せ。

 思い出すんだ!

 数々の強敵と戦った記憶を!

 その中から対策手段を見つけるんだ!

 しかし、俺はゾンビや生物兵器と戦ったことは数え切れないほどあるが、幽霊と戦った事が一度もない。

 くそぉ!

 こんな事なら心霊ホラーゲームもやっておくんだった!

 静かな丘は心霊に近いけど敵はクリーチャーだし!

「あ、わかりました。金属の歯車ごっこをしておられるのですわね」

 ……ん?

 なぜに幽霊が金属の歯車を知ってるの?

「貴方って変なところで子供っぽいのですわね。ふふふ」

 微笑ましそうに笑う幽霊。

 ……いや、幽霊じゃないな。

 さすがに気付いた。



 俺は姿勢を戻すと、ピアノへと振り向いた。

 そこには予想通りセルニアがいた。

 俺は歯をキラリと輝かせる良い笑顔で、

「やあ、セルニア。素敵なピアノの音色が聞こえたと思ったら、君だったんだね。ピアノの練習かい?」

「なんだか なにかを全力でごまかすかのような 不自然なまでに爽やかな笑顔ですが、はい、ピアノの練習をしていましたの」

 うん、さすがセルニア。

 気付いているのに、まったく気付いていない。

 このままピアノの話を続けよう。

「なんの曲を弾いていたの?」

「夏休みのコンクールで弾く予定の曲です。今まで演奏自体は問題なくできていたのですが、イメージが上手く掴めずにいたのですわ。

 曲のイメージができないままでは、演奏に歴然とした差ができてしまいます。

 それで、このままでは落選するだろうと、悩んでおりましたの。

 ですが、今日 突然 イメージを掴めそうな気がして、それが消えないうちに練習に。音楽室の扉の鍵もなぜか開いていましたし、勝手ながら練習させていただいておりましたのよ」

「へえ、そうなんだ。それで、イメージは掴めたの?」

「はい、バッチリですわ」

 自信を持って断言するセルニアに、ピアノに対する情熱を感じ取ることができる。

「じゃあ、コンクールは優勝かな?」

「もちろんですわ」

 自信満々のセシリアは、しかし付け加えるように、

「もっとも、その前に 二週間後の中間試験をクリアしなくてはなりませんが。

 成績が悪ければ、補習でコンクールに出場することができませんわ」

 中間試験が赤点だと、夏休みの三割以上が補習に当てられる。

 青春真っ盛りの高校の夏休みが、補習に潰されてしまうのだ。

 それを全力で回避するために、現在 みんな猛勉強しているのだが、俺はと言うと、

「あー、中間試験かー」

 俺はちょっと問題かも知れない。

 セルニアが少し意地悪そうな笑みを浮かべ、

「ハハーン。さては 自信がないのですね」

「そのとおりなんだ。ここのところ まとまった勉強時間が取れてなくて」

「わたくしはきちんと勉強時間を確保しておりますわよ」

「セルニアなら、普段の成績からして余裕だろうな」

「いいえ、油断大敵ですわ。夏休みを有意義に過ごすためにも、勉強をおろそかにしてはならないのです。

 赤点を取ってしまったら、ピアノコンクールに出場できなくなってしまいますわ」

 そして セルニアは ふと なにかを思いついたような表情になった。

「そうですわ、良いことを思いつきました。日曜日に二人で勉強会をしましょう。わたくしが貴方の勉強を見て差し上げますわ」

「でも、セルニアの勉強は?」

「教えるのも勉強の一つです」

 確かにセルニアの指導なら、成績アップ間違いなし。

 俺は乗り気で、

「わかった、勉強会をしよう。それで、場所はどこにする? 喫茶店とか?」

 俺の家はまずいよな。

 曲がりなりとも男の家に一人で来るなんて。

 姉の玲は仕事で出張だし。

「喫茶店では集中できません。わたくしの家でしましょう」

 ……今、誰の家って言った?

「次の日曜日、わたくしの家で勉強会ですわ」



 そういうことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る