12・エンジェル・プリンス

 六月。

 梅雨 真っ盛りの季節。

 雨がしとしとと降り、温度が高く、それに伴い湿度も高い。

 だから蒸し暑くてジメジメして不快指数も高い。

 そんな日の放課後。

 俺は音楽準備室にて掃除をしている。

 一人で。

 なぜ一人で掃除をしているのか。

 別にイジメとかで他の連中に押しつけられたからとかではない。

 担任であり音楽教師である上永先生から、直接 押しつけられたのだ。

 というわけで、回想シーン スタート。



 本日の授業が全て終わり、放課後に入った直後の教室だった。

 俺が帰ろうとすると、お色気教師を自認する上永先生が、いつものように辺り構わず色気を振りまきながら、俺に話しかけてきた。

「ねえ ねえぇーん。ちょっとぉ、お願いがあるのぉ。キレイで若くて美人な女教師のお願いを聞いてくれたらぁ、いいことしてあげるぅん」

「全力で断らせていただきます」

 即座に帰ろうとする俺の裾を、上永先生が掴んで止める。

「待ってぇん。せめて話を聞いてちょうだぁい。お願ぁい」

 しかたないな。

「まあ、話だけなら」

「実はぁ、音楽準備室の掃除をして欲しいって話なんだけどぉ」

「断固拒否の構えで」

「まだ話し終わってないわよぉん」

「掃除の手伝いをして欲しいって話でしょう」

「あん、惜しぃん。ちょっと違うのぉん」

「どう違うんです?」

「手伝って欲しぃんじゃなくてぇ、全部一人でやって欲しぃのぉん」

「じゃあ 俺はこれで帰ります」

「待ってぇん。お願ぁい、わたしを見捨てないでぇ」

「なに男に捨てられそうな顔してるんですか。掃除なら自分でやってください」

「無理なのぉ」

「どうしてです?」

「エンジェル・プリンス」

「なんスか? それ?」

「私が推してるアイドルグループ」

「それが掃除と何の関係が?」

「今日ぉ、エンジェル・プリンスの動画が生配信されるのぉ。それが見たいのよぉん。掃除なんかしてたら間に合わなぁい。っていうか 気になって掃除なんて手が付かないわよぉん。だから お家に帰りたいのぉん」

「スマホで見れば良いじゃないですか」

「ダメよぉ。それじゃぁ、画面が小さくてぇ、可愛いあの子たちの顔が分からないじゃなぁい」

「だからって俺が掃除する義理ないでしょう。むしろ今まで上永先生を助けたこと 山ほどあるんですから、逆に俺を助けるべきなんじゃ」

「分かったわよぉん。私が身体でヌいてあげるからぁん。童貞卒業させてあげるぅん」

「童貞でも相手は選びたいです」

「童貞ってとこは否定しないのね」

「否定しても仕方ないッスから」

「じゃあ、掃除してくれる?」

「イヤです」

「ううぅ……分かった」

「やっと納得してくれましたか」

「こうなったら……よいしょっと」

 上永先生は地面に寝転がり、スタンバイ。

「掃除してくれなきゃ泣いちゃうからぁあ! 掃除してくれなきゃ やだー! やだ!やだ!やだ! やだもーん! 掃除してー! オネガーイ! うぇえええん!!」

 幼稚園児のように地面でジタバタと暴れて泣き出した。

 教室にはまだ生徒がたくさんいるのに、人目をはばからずに幼児のように泣きわめき始めたのだ。

「ビェエエエエエン!!」

 この人 何歳だよ?!

「エンジェル・プリンス!観たーい! 観たい!観たい!観たぁあああああい!!」

「分かった! 分かりましたよ! 掃除します! 掃除すれば良いんでしょう!!」

「ホント」

 上永先生はコロッと泣き止んだ。

「じゃあ お願い。あ、これ 音楽室の鍵ね。あぁーん、貴方ってとっても頼りになるわぁん。それじゃあ先生はこれで。

 待っててー。私のエンジェル・プリンスたちー」

 と、上永先生は小走りで帰っていった。

 こうして俺は音楽準備室の掃除をする羽目になった。



 続く……

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