11・濁点が付いている

 そして日曜日なりました。

 現在、俺たちはメイド喫茶の前にいます。

 メイド喫茶。

 ある意味、庶民的と言えば庶民的。

 海翔が一緒に行こうと よく誘っていたが、そのコンセプトからして断り続けていた場所。

 前世を含めて、生まれて初めてのデートに来た場所が、メイド喫茶。

「どうしたのですか? その、なんともいえない左右非対称の微妙なお顔は」

「自分の心理を自分でも把握できていない時、人はなんともいえない左右非対称の微妙な顔をするものなんだ」

「さっぱりわかりませんが、わかりました」

 セルニアは納得してくれたようだ。



 そして店に入ろうとして、ふと俺は疑問に思い、セルニアに質問する。

「でもさ、メイド喫茶に来ても、セルニアには意味ないんじゃないか?」

「どうしてですの?」

「だって、セルニアの家にはメイドいるんだろ。それなのにメイド喫茶に来て癒やされる必要なんてあるの? 自分のメイドに癒して貰えば良いじゃないか」

「……ふう」

 不意にセルニアは短い嘆息をすると、どこを見ているのか わからない遠い目になった。

 まるで悟りを開いた高僧のような瞳だ。

「……よいですか。癒やしのメイドなど、リアルには存在しないのです。フィクションとメイド喫茶にしか存在しないのですわ」

「……そうなの?」

「そうですわ。私の専属メイドは、朝はあと五分眠らせて欲しいのに容赦なく布団を剥ぎ取り、歯磨き洗顔をしなさいとガミガミ口うるさく、朝食はしっかり食べなさいと注意してダイエットを許さず、さらには十回以上咬んでから飲み込みなさいとまで指示してくる。当然 夜更かしは許さず、ゲームは一日三十分。それらを破ればゲーム機を隠してやらせてくれなくなる。

 あの人はメイド服を着ているだけの別者。

 言うなれば……おっかさんです」

「……そうなんだ」

「そうですわ」

 この時のセルニアには、まるで何十年もの人生の辛苦をかみ締めたかような、哀愁が漂っていた。

「……と、いうわけで」

 セルニアは元に戻り、

「わたくしは このメイド喫茶でメイドに癒やされたいのですわ! さあ! 行きますわよ! いざ! 癒やしのメイド喫茶! わたくしをたっぷりと癒やしてくださいませ!!」

 なんかリアルのセレブのイメージが崩れていくなぁ。



 中に入るとメイドさんが癒やしの笑顔で出迎えてくれた。

「お帰りなさいませ。ご主人様。お嬢様」

 ああ、ご主人様と呼ばれて喜んでいる自分がいる。

 だから海翔の誘いを断っていたんだ。

 目覚めそうだから。

 しかし、曲がりなりともセルニアとデート。

 断る選択肢など存在しなかった。



 さて、店内はクラシックで落ち着いた感じの雰囲気。

 店員がメイド服であることを除けば、至って普通の喫茶店だった。

 盛況しているのか、店内は満員。

 セルニアが事前に予約を入れていなければ、入ることができなかっただろう。

 メニューを見てみる。

 不思議の国のオムライス。

 森の恵みたっぷりのキノコパスタ。

 七人の小人のパフェ。

 この手の店にありがちなメニュー名だった。

 まあ、オムライスと紅茶で良いか。

「俺は決まったけど、セルニアは決まった?」

 と声をかけたが、セルニアはメニューなど見ていなかった。

 メイドさんたちを夢中で見ていて、眼がギラギラしていた。

 キラキラではない。

 ギラギラだ。

 濁点が付いている。

 その瞳は澱みきっているのに眼光だけが鋭く、口からはよだれを垂らし、なんか腐臭まで漂ってきたような。

 なんだ?

 どうしたんだ?

 セルニアの腐り具合が激しいような……

「……あの……えっと……ここ、そんなに来たかったの?」

「うふふふ。そうなのですわ。ここには以前から来てみたかったのです。

 でも、少々個性の強いところですから、一人で来る勇気がなくて」

「そうだね。その気持ちはよくわかるよ」

 メイド喫茶だもんな。

「それに本日はイベントがあるんですのよ。それをぜひ観たかったのですわ」

「イベント?」

「ヴォーカル ユニット アイドル。ツイン・バニーボーイのステージが開かれるのですわ」

「ああ、だからこんなに人が多く入ってるんだ。

 ……ん?」

 ちょっと待て。

 今、ユニットの名前をなんと言った?

「ツイン・バニー……?」

「ツイン・バニーボーイですわ」

 ウサギ少年?



 ステージが始まった。

 左側はツインテールのミニスカバニー。アキちゃん。

 右側はロングストレートのレオタードバニー。ヒヨちゃん。

 二人ともメチャクチャ可愛かった。

 そして二人とも股間がモッコリしていた。

 ようは男の娘だった。

 なのに違和感が仕事をしなかった。

 っていうか、この店のメイドさんたちも みんな男性でした。

 つまり このお店は、男の娘メイド喫茶だった。

 俺の人生初のデートの場所は、メイド喫茶ではなく、男の娘メイド喫茶だったのです。

 なんだろう?

 自分の魂が口から出ていこうとしているのがわかる。

「ウォー! アキちゃーん!」

「ヒヨちゃーん! 素敵ー!」

 周囲は男女問わず歓声が上がっていて、大盛り上がり。

 ツイン・バニーボーイの人気がうかがえる。

 セルニアが俺に解説している。

「彼らはツイン・バニーボーイ。

 男の娘 ヴォーカル ユニット アイドルです。

 全国の男の娘メイド喫茶を中心に活動しているのですわ。

 そしてファンの間では二人は恋人同士だという噂もありますのよ。

 グフフフ……グフフハハハ……素晴らしい……男の娘。男なのに娘。男なのに女の子よりも可愛い。反則的 可愛らしさ。しかも二人は恋人同士。なんと素晴らしい! これぞ倒錯的耽美の極み!

 オーホッホッホッホッホッ!!」

 セルニアが腐りきっていた。



 ステージが終わり、バニーボーイの二人と観客とで記念写真 撮影会。

 全員の集合写真だけではなく、一人一人 個別の写真まで順番に撮っていく。

 集合写真だけで済ませずに、一人一人声をかけて記念撮影する姿に、ファンを大切にする姿勢がうかがえた。

 華々しいアイドルも、やっぱり地道な営業努力をしてこそなんだな。

 そして俺たちの写真撮影の番が来た。

 アキちゃんが俺たちを見ると微笑ましそうな笑顔で、

「カップルで観に来てくれたんですね。二人とも、とてもお似合いですよ」

 ヒヨちゃんも微笑ましそうな笑顔で、

「彼氏さん、こういうことに理解のある方で、とても素敵ですね」

 カップル!?

 なんか俺たちを恋人同士だと思っている。

 そうか、俺たちはカップルに見えるのか。

 周りから彼氏彼女に見えてしまっていると言うことなのかー!

 よっしゃぁあー!!



 待て。

 落ち着くんだ、俺。

 ここで調子に乗ってはいけない。

 調子に乗ったらセルニアに呆れられてしまう。

 必勝デート攻略法にもそんな感じの事が書かれていた。

 確か こういう時は冷静に対処するべしと書かれていたはず。

 自分一人で先走ったりせず、まずは彼女のほうの反応を待つべし、と。

 よし、まずはセルニアの様子を見てだな……

 セルニアは、顔を真っ赤にして身体を震えさせていた。

「カ……カ……カップル! いきなりなにを言い出しますの! カップルだなんて! いやカップルだなんて! そんなカップルだなんて! 違います! 違いますわよ! カップルではありませんわ!!」

 ……なんか、全身全霊 力一杯 否定されておられる。

 ボク、泣いていい?

 アキちゃんがキョトンとして、

「違うんですか?」

 ヒヨちゃんもキョトンとして、

「こんなにお似合いなのに?」

 セルニアは引き続き全力で、

「似合うだなんて! 違いますわ! ええ 違いますとも! 全然 違いますわよ! ちっとも違いますわよ!!」

 そんな全力で否定しなくても……

 ホントに泣きたくなってきた。

 しかし、不意にセルニアは、

「……違いますけど……でも……そうですの。わたくしたち、カップルに見えますの……」

 と、恥ずかしそうに もじもじし始めた。

 あれ?

 なんか、まんざらでもなさそうな、感じ?

 そして、俺とセルニアはお互いに視線を合わせた。

 顔が熱くなり、急に恥ずかしくなって目をそらしてしまった。

 な、なんだ、この甘酸っぱい感覚は。



 そして、しばらく二人でお互いを見ては、目をそらすということを繰り返し、その様子をバニーボーイの二人と、周囲の人たちは、生暖かい眼で見ているのに気付くのに、そう時間はかからなかった。



 こうして、人生初めてのデートは男の娘メイド喫茶。

 デートの記念写真は、男の娘バニー二人との写真だった。

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