10・殺ッッッ!!!

 夜の校舎の探検から一週間すぎた日のこと。

 俺の机に一通の手紙が入っていた。

 手紙の主は、セルニアだと思われる。

 名前は書かれていなかったが、人間を主食にしていそうな凶悪な虎の絵が描かれていた。

 その虎の絵から、マンガのような吹き出しで、

「放課後に音楽室に来てくださいですワン」

 と書かれていた。

 虎じゃなくて、たぶこ仔犬のイラストなのだと推測される。

 そして こんなイラストを描くのは、俺の知る限りセルニアしかいない。

 だから 間違いなくセルニアだと思う。

 さて、セルニアからの呼び出しなわけだが、用件はいったいなんなのか?

 思春期の高校生の男女。

 放課後の音楽室に二人っきり。

 となると、やはり告白。



「わたくし、あなたの心優しさに惹かれてしまいましたの。だから、わたくしと付き合って欲しいのです。そして、愛の証に わたくしの初めてを捧げますわ」



「フォオオオオオ!」



「どうしたの? 突然 雄叫びを上げたりして」

 と、聞いてきたのは海翔。

 俺は正気に返り、

「い、いや、なんでもない」

 落ち着け 俺。

 前回も期待して思いっきり外れただろ。

 だから告白とかはない。

 だいたい名前で呼び合うようになってから まだ一週間しか経っていない。

 しかも、自習室の死者事件から、俺は罪悪感でセルニアの顔を三日はまともに見ることができず、不審がられた。

 でも、もしかすると、もしかして……

 と、とにかく、もう放課後だ。

 早く音楽室へ行こう。



 音楽室に入ると、セルニアがピアノを弾いていた。

 その旋律は穏やかで、心安らぎ、マイナスイオンが物理的の放出されているかのよう。

 そして、ピアノを弾いているセルニアの周囲には、女子生徒が十人いた。

 皆一様に、女神を前にしたかのような、崇拝の表情で曲に聴き入っていた。

 セルニアの演奏が終わり、みんな しばらく恍惚とした顔だった。

 やがて拍手が始まる。

「素晴らしいです、吉祥院さま」

「さすが、コンクールで優勝しただけはあります」

「優勝して当然って感じでしたぁ」

 セルニアは賞賛の言葉を受けて、微笑んで礼を取る。

「ありがとうございます」

 さて、女子もセルニアも、みんな俺に気付いていない。

 このままでは時間だけが過ぎてしまう。

 俺の存在に気付いて貰わないと。

「おーい、セルニア」

 俺は女子の雰囲気に気後れしながら、手を軽く振ってセルニアを呼ぶと、



 ギラリッッッ!!!



 二十の鋭い眼光が一斉に俺の身体を貫いた。

「なに? あの男子 誰?」

「あいつ、今 吉祥院さまを呼び捨てにしたわよ」

「なんて 馴れ馴れしい」

「粛正する?」

「わたしのお父様、裁判官よ」

「なら死刑にして貰えるかしら」

 こ、怖い。

 メチャクチャこえぇー!

 そんな女子たちの負のオーラに全く気付かないのは、セルニア。

「あら、もう来てくださっていたのですね。気付かずに申し訳ありません。

 みなさん、すみませんが、わたくしが お呼びした方が来られたので、今日の所はこれでお開きということで」

「「「ええぇー!!!」」」

 女子たちが一斉に驚愕の声。

「吉祥院さまのほうが あいつを呼んだ?」

「しかも親しげな感じなんですけどぉー」

「いったいどういう関係なの?」

 女子たちの疑問をよそに、セルニアは俺の所に来て、

「では 行きましょう」

 と俺の腕を取って歩き出した。

 そして それを見た女子たちから、



 殺ッッッ!!!



 物凄い殺気が一斉に放たれた。

 俺、今ので間違いなく、抹殺リストのトップに載ったな。

 ハハハ……



 で、セルニアの用件はなにかと言うと。

「よければ 今度の日曜日、二人で一緒にお出かけしませんか」

 とのこと。

 日曜日に、二人で、一緒に、お出かけ。

 それって つまり、

「デート?」

「デッ!?」

 セルニアがびっくりしたように、

「いや! 違いますわ! デートだなんて! そんなデートだなんて! 違いますわよ! いや デートなんて! デートではありませんわ! これはデートではなくて! つまり……その……」

 そして 恥ずかしそうにモジモジして、

「デ、デート……ですわね」

 と 俯いてしまった。

 デート。

 若い男女が遊びに出かけて青春の一ページがつまりキャッキャウフフな感じのデート。

 今世はもちろん、前世も一度もしたことがなかった、夢にまでみたデート。

 それが今、現実に起ころうとしているのか?

 俺が沈黙しているのを、セルニアは不安そうに上目遣いで、

「その、ダメでしょうか?」

 ダメだと!?

「そんなことありえませんのことよ!」

 俺はセルニアの両手を握る。

「行こう! デートに行こう! ぜひ行こう! 絶対行こう! 何が何でも 行こう! 風邪を引こうとも 雨が降ろうとも 槍が降ろうとも 世界戦争が起きようとも 巨大隕石が地球に衝突しようとも デートに行きますとも!!」

「え、えっと。張り切ってくださって嬉しいですわ」

 ちょっと引いているセルニア。

 いかん、落ち着け俺。

「ごめん、ちょっと嬉しすぎて」

 とりあえず俺はセルニアから手を放し、

「それで、デートに誘ったって事は、セルニアが行きたいところがあるって事で良いのかな?」

 デートの基本は、誘った方が行き先を決めるとのこと。

 デート攻略法の本にそう書いてあった。

 俺だって日々恋愛を勉強しているのだ。

 恋愛指南書。必勝デート攻略法。青春白書。

 毎日 読んで、来たる日に備えているのだ。

 誰だ今 マニュアル人間って言ったのは?



 俺の質問にセルニアは素敵な笑みを浮かべた。

「はい、そうなんです。実は以前から行きたい場所があって。でも、一人で行くには どうしても気後れしてしまうというか。ですので、貴方なら一緒に来てくださると思いまして」

「ふむ、セルニアが気後れする場所となると……

 庶民の俺はセレブな場所に気後れするが、セレブその者であるセルニアが気後れするとすれば、その逆。

 超が付くほど庶民的な場所であろう。

 我ながら名推理。

 つまり、お好み焼き屋とか、駄菓子屋とか、そんな感じの所だね」

「全然 違います」

 あれ?

「じゃあ、どこ?」

 セルニアは超が付くほど素敵な笑顔で答えた。



「メイド喫茶ですわ」

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