14・夜路死苦

 日曜日の午前十時頃。

 俺はセルニアに教えて貰ったバス停で降りた。

 だけど、前面には見渡す限りの高い壁。

 右も左も高い壁が延々と続いているだけ。

 俺、降りるバス停 間違えたか?

 困っていると、そこに鈴の鳴くような可愛らしい声が聞こえた。

「お困りですか? そこの素敵な お兄さま」

 俺はすかさず声のした方へ決めポーズをとって答えた。

「はい、実は困っています。素敵なお嬢さん」

 毎日丹念に歯磨きしている歯を笑顔でキラリ。

「うーん。素敵かと思いましたけど、そうでもなかったです」

 がっくり。

 さて、声をかけてきたのは、小学六年生くらいの女の子だった。

 黒い長髪はストレートの小柄な美少女。

 着物姿は将来 大和撫子になるであろう間違いなしだと思うほど似合っていた。

 松陽高校ロリコン代表、高畑君なら泣いて感激しそうなくらいの美少女だ。

 なのに、どういうわけだろう?

 俺のロリ魂が発動しない。

 自分でも守備範囲が広い節操のなさは自覚しているのに。

「お兄さん、もしかして吉祥院家に行きたいのではありませんか?」

 着物美少女が助けてくれそうなので、俺は素直に説明する。

「実はそうなんだ。教えて貰ったバス停で降りたんだけど、壁が延々と続いているだけで、入り口が見当たらないし」

「わたしに付いてきてください。案内しますわ」



 そして楚々と歩く着物美少女に付いていって十分ほどしたところで、吉祥院家の正面門に到着。

「でけぇ」

 延々と続く壁は全て、吉祥院家の敷地を隔てるものだった。

 そして正面門の荘厳さ。

 まさにセレブ。

 庶民の俺の家とはまさに格が違う。

 着物美少女は、

「初めて来る人はたいてい戸惑ってしまうんですよ。というより、この屋敷の門の位置がおかしいのだと思いますけど。バス停の近くに作れば良かったのに」

「そうだね」

 俺は心ここにあらずで相づちを打つと、着物美少女は玄関のベルを鳴らす。

 両開きの門が厳かな響きを立てて開いた。

 そこには、メイドと執事、二十名以上が列を成し頭を下げていた。

 そして代表と思わしき若いメイドが俺に挨拶する。

「ようこそおいでくださいやした。セルニア・麗華 お嬢様からお話は聞いておりやす。

 アタシはセルニア・麗華 お嬢様のメイドを務めさせておりやす、猪鹿蝶 晶と申しやす。以後 お見知り置きを」

 任侠映画のような挨拶をした金髪ロン毛のメイドは、鋭い眼光で俺を睨んでいた。

 そして背中に木刀を背負っていた。

 俺は嫌な汗がブワッと吹き出た。

「あ、あの、僕 帰らせていただきます」

 猪鹿蝶 晶さんは眼光だけで人を殺せるのではないかと思うほどの鋭さで、しかし心底 疑問のように、

「なぜ いきなり帰るのでやすか? 麗華お嬢様がお待ちしておりやす」

「その 大切なお嬢様に まとわりつく羽虫を、これからフクロにしようって感じだったので」

 猪鹿蝶 晶さんは心外そうに、

「お嬢様の大切なご学友にそんなことするわけがありやせん。むしろ そんな不届き者はアタシが成敗してやります」

 といって背中の木刀を叩いた。

 木刀の握りの所に、夜路死苦と彫られていた。

 この人、昔はレディースだったな。

 絶対 暴走族だった。

「クスクスクス」

 そこに着物美少女がからかうように、そして親しげに猪鹿蝶さんに、

「晶さん。そんな睨んでいるから誤解してしまうのですよ」

 猪鹿蝶 晶さんは仏頂面で、

「目つきが悪いのは生まれつきでやす」」

 なんとなく察していたけど、やっぱりこの着物美少女は、

「そうそう、わたしからまだ自己紹介していませんでしたわね。

 初めまして。わたしは吉祥院・セシリア・湖瑠璃。

 セルニアお姉さまの妹ですわ」

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