いけ好かない兄弟子
祓い屋の里
葉月君に助けられた日の夜。私は布団に入りながら、昼間起きた事をふり返る。
なんだか今日は色々と疲れました。襲われた事もそうですけど、葉月君のことも。
もう、葉月君ってば連絡も無しに急に帰ってくるんですから、驚きましたよ。まあ、彼がそういう人だというのは、昔からなのですけどね。
思えば、彼との付き合いもだいぶ長いです。最初会った時はお互いまだ小さくて、私はまだ今みたいに髪を結んでもいませんでしたっけ。
幽霊や妖を見ることはできても祓うことはできない、無力だったあの頃。私は、強くなりたいと願っていました……。
◇◆◇◆
走る車の窓から外を見ると、目に映るのは山や川ばかり。曲がりくねった山道を、ただひたすら走って行く。
前に住んでいた所も田舎だったけど、ここはそれ以上に何もない山奥。こんなコンビニもスーパーもない、知り合いもいない場所で、今日から暮らすのかあ。
「どう知世ちゃん。すごい田舎で、ビックリしたでしょ」
「ええと……ちょっとだけ」
運転席から話しかけられて、後部座席にいたわたしは慌てて姿勢を正す。
ハンドルを握るこのお姉さんは、火村悟里さん。悪霊や行き場を失った幽霊を成仏させる、プロの祓い屋さんだ。
そしてわたしは今日から、本格的に悟里さんに弟子入りするの。
パパとママを事故で亡くして、今までおじさんの家でお世話になっていたけど。小学四年生になったのを機に、わたしは悟里さんに預けられることになったのだ。一緒に暮らしながら、立派な祓い屋になれるよう修行をするために。
そして今向かっているのが、山奥にある集落、祓い屋の里だ。
「祓い屋の里って、住んでいる人はみんな祓い屋さんなんですか?」
「ううん、実は祓い屋は一握り。だけど住人はみんなあたし達の事情を知っていて、色々協力してくれてるの。祓い屋として鍛えるための、修行場だってあるんだよ」
修行。わたしも努力したら、悟里さんみたいになれるかなあ。
こっちに来る前に悟里さんが除霊するところは何度か見せてもらったけど、手をかざして『滅』とか『浄』とか言うだけで、あっという間に成仏させちゃうんだもの。すごすぎ。
ただ霊が見えるだけのわたしとは、全然違うよ。
「どうしたの、黙っちゃって?」
「わたし、ちゃんとやっていけるかなって思って」
「平気平気。里はいい人ばかりだし、小さいけど学校だってあるもの。子供の数は少ないけど、歳の近い子もちゃんといるから、友達だってすぐにできるって」
心配しているのは、そういうことじゃないんだけどなあ。
あ、でも友達のことも確かに心配。前の学校ではずっとぼっちだったから。今度は仲良くできたら良いんだけど。
「まあ、なるようになるって。それじゃあもう少しだから、飛ばすよー」
「あ、あの、悟里さん。できれば安全運転で……キャ――っ!?」
狭い山道を、信じられないスピードで走らせる悟里さん。その間わたしは身を縮めながら、どうか無事に着きますようにって、祈りっぱなしだった。
わー、ブレーキブレーキ。崖から落ちちゃう! 壁にぶつかっちゃう! わたしが幽霊になっちゃうよー!
で、そんなこんなありながらも、何とかたどり着くことができた祓い屋の里。
けど車から降りたはいいけど、頭はガンガンするし目はぐるぐるだしでもうヘトヘト。車から降りたけど、立っているのがやっとだった。
「気分悪い? ごめん、乗り物に弱かったんだね」
「と、特別弱いわけじゃないんですけどね」
無理やり笑顔を作ってから、傍らにある家を見上げる。
そこは集落の真ん中辺りにある、こぢんまりした、平屋の日本家屋。築何十年かわからない古い家だったけど、外から見た感じは案外と綺麗だ。わたしは今日から、ここに住むのかあ。
保護者である悟里さんと二人暮らし。不安がないって言ったら嘘になるけど、悩んでないで頑張らなくちゃ……。
「あ、師匠、やっぱり帰ってたんだ!」
グッとこぶしを作って気合いを入れていると、突然聞こえてきた子供の声。
悟里さん共々声のした方を見ると、この集落の子かなあ。そこにいたのはあたしと同じくらいの背丈の女の子。
髪は癖のあるショートカット。紺色のベストにベージュのズボンをはいていて、猫みたいなつり目。背中まで髪を下ろした地味顔のわたしとは正反対の人懐っこい雰囲気の、かわいい子だった
「おお、風音か。あたしが帰ってきたって、よく気づいたね」
「外で遊んでたら、ものすごいスピードですっ飛ばしてる車が見えたから、すぐにわかったよ。けどあんな飛ばしてたら、またじいちゃんたちに暴走族の真似をするなって怒られるよ」
「そんな人聞きの悪い。ほんの少しスピードを出しただけじゃないか。ねえ知世ちゃん」
そう言われても。わたしはそれで、本気で死ぬんじゃないかって覚悟したんですけど。
「ところで師匠、そっちの子は?」
「ああ、今日から一緒に住む、あたしの弟子になる子だよ。ほら、前に電話で話したでしょ」
「へえー、この子が」
その子はトテトテとこっちに近づいてきて。わたしは緊張しながら、ペコリと頭を下げた。
「み、水原知世です。よろしくお願いします」
「知世だね。俺、葉月風音。よろしく」
そう言うと風音ちゃんは、わたしの手をとって握手をしてくる。
緊張しているわたしとは違って、初対面のよそよそしさなんて感じさせないフレンドリーな態度。あれ、でもちょっと待って。なんか今、違和感があったような。
「風音も知世ちゃんと同じで、あたしの弟子なんだ。歳は一つ上だけど、仲良くしてね。風音も兄弟子になるんだから、何かあったら力になってあげるんだよ」
「はーい」
へーえ、この子も祓い屋見習いなんだ。だから悟里さんのことを、『師匠』って呼んでるんだね。あれ、でもちょっと待って。さっき、兄弟子って言わなかった?
わたしは思わず、握られていた手を引っ込める。
突然手を放された風音ちゃん……ううん、風音くんはビックリしたみたいだけど、驚いてるのはわたしも同じ。だって兄弟子ってことは。
「お、男の子なの⁉」
うそ! 完全に女子だと思ってた。だって声も高いし、わたしより全然かわいいいんだもん。
「なに? ひょっとして俺のこと、女子だって思った?」
「ご、ごめんなさい」
頬を膨らませて、ムスッとした表情になる風音くん。そんな仕草も可愛いんだけど、男の子なんだよね。
どうしよう、前の学校では男子に意地悪されてたから、男の子ってちょっぴり苦手なの。
あ、でも風音くんは男の子っぽくないから大丈夫かな? って、それはそれで失礼だよね。
「ははは、仕方ないよ。風音はかわいいから」
「かわいいよりも、格好いいって言われたいんだけどなあ。まあいいや、これからよろしく」
「う、うん」
再び握手を求められて、ドキドキしながら改めてその手を取る。
さっきは気づかなかったけど、この固い手触り。確かに男子の手だ。
「なあ、知世はもう、術とか使えるの?」
「う、ううん全然。でもできれば、使えるようになりたい……かも」
「変なの。『なりたい』じゃなくて、なるために来たんだろ。これから一緒に頑張ろーな」
風音くんはもうさっきのことなんて気にしていないみたいに笑っているけど、わたしは失礼な事言っちゃったとか、男子と仲良くやっていけるのかなとか、心配ばかり。
祓い屋の里に来たはいいけど、いきなり不安になるのだった。
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