兄弟子
幽霊より生きた人間の方が怖いって言いますけど、今回のケースがまさにそれ。祓いに来たはずが、危うく自分が幽霊にされるところでした。
あれから警察を呼んで、大場さんは逮捕されましたけど、私は私の仕事をするとしましょう。
と言うわけで、アパート近くの人気の無い公園まで移動してきました。
向かい合っているのは、ベージュジャケットを着た30歳くらいの女の人の生霊。もとい寺田さんです。
「いいですか寺田さん。アナタはまだ生きているのです。まずは体に戻って、ご家族を安心させてください。大場さんのことは、後でどうにでもなります」
「そうね。アイツ、逮捕されちゃったし。この手で恨みを晴らしたいって思ってたけど、あんなやつのために罪をおかすこともないか」
吹っ切れたような笑みを浮かべる寺田さん。さっきは悪霊になっていた彼女ですけど、どうやらもう大丈夫なようです。これで安心して、送ることができます。
「迷う者、荒ぶる魂、鎮まりたまえ――浄! 寺田さん、目覚めた後も、どうかお元気で」
「うん……ありがとう、優しい祓い屋さん」
にっこりと微笑みながら、寺田さんは消えていきました。
きっと今ごろ、どこかの病院で目を覚ましているはず。後で事務所に頼んで調べてもらいましょう。けど、その前に今は……。
「お疲れ様、トモ。今回は災難だったけど、これで一件落着だね」
私のことを『トモ』と呼ぶ、私より頭ひとつ分くらい背の高い彼。
つり目で猫っ毛のショートカット、一見するとボーイッシュな女の子のようにも見えますけど、彼はれっきとした男の子。私のよーく知っている人です。
「あの、いいかげん教えてもらえませんか。どうして葉月くんがここにいるんです? 四国に行っていたはずでしょう」
危ないところを悟里さん直伝の除霊キックで助けてくれた彼の名前は、
私と同じ祓い屋で、かつて悟里さんの元で共に修行をしていた、兄妹弟子です。
昔は一緒に修行した仲ですけど、私達祓い屋は常に人手不足。特に三年前は怪我や育休、その他もろもろの事情が重なって、四国にある祓い屋協会が深刻な状況になっていました。
そこで急遽こちらに、腕のいい祓い屋を貸してくれと要請があり、声が掛かったのが葉月くんだったのですが……。
「ねえ、さっきから思ってたんだけどさ、『葉月くん』って何? 昔みたいに、『風音』って呼んでよ」
「話をそらさないで。ちゃんと質問に答えてください、は・づ・き・く・ん!」
こっちは真面目に話しているというのに、茶化すような態度に目をつり上げます。
「つれないなあ。向こうで休業中だった祓い屋が復帰することになって、人手不足が解消されたんだよ。だから俺はお役ごめん。こっちに戻って来たってわけ」
「それならそうと、教えてくれればよかったのに。だいたい今日は、悟里さんが来るって聞いていましたよ」
「ああ、それね。ごめん、実は初めから俺が行く予定だったんだけど、頼んで内緒にしてもらってたんだ。いきなり現れて、サプライズしようかって思ってね。逆にこっちが驚かされるとは思わなかったけど」
急に心配そうな目をする葉月くん。
う、その通りです。会いに来たらいきなり、首を絞められていたのですから。
情けないです。久しぶりに会ったっていうのに、あんなみっともない姿を見せてしまって。
だけど項垂れる私の頭を、葉月くんはポンポンと撫でます。
「今回のことは反省しなくちゃだね。霊だけでなく、人間にも警戒しないと。けど、トモならもう失敗しないでしょ」
「当たり前です。それと、助けてくれてありがとうございました」
来てくれなかったらどうなっていたことか。助けてもらったことは、素直に感謝してます。
まあこんな風に、まるで子供を慰めるみたいに頭を撫でるのは、どうかと思いますけど。
今回は失敗しましたけど、彼の前では二度とこんな醜態はさらしません。だって葉月君は、私の越えるべき目標なのですから。
「そういえばさっきから気になってたんだけど。トモ、ひょっとして背縮んだ?」
「なっ⁉ 縮んでません! 葉月君がタケノコみたいに、ニョキニョキ伸びてるんです!」
密かに気にしていることをー!
対して葉月くんの方は、会わない間にずいぶん大きくなったみたいで。前は背はほとんど差がなかったのに、ズルいです。
「俺もそんな高い方じゃないんだけどなあ。170はほしいし、牛乳飲む量増やそうかなあ」
自分の頭に手を当てながら悩まし気に言っていますけど、それは150センチしかない私に対する当てつけでしょうか?
彼を見る目が、自然と鋭くなります。
「そうにらまないでよ。良いじゃん、背が低くても可愛いんだしさ」
「か、可愛くなんてありません! からかわないでください!」
もう、相変わらず息をするように、人をからかうんですから。助けてくれた事には感謝していますけど、こういう所は大嫌いです!
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