突然の乱入者
――っ! 違う、突き落としてない! あれは事故だったんだ!
あの女とは、寺田とは仕事を通じて知り合ったんだけど、ある日俺はもうけ話を持ちかけたんだ。今お金を出せば、後で倍になって返ってくるって。
寺田は喜んでお金を払ってくれたものの、その後ビジネスが思ったより上手くいかずに。俺は理由をつけて再度お金を出させた。
だけどそれが何度も続くと、寺田も黙っていなかった。あの日俺達は公園で会ったのだけど、寺田は今までのことを警察に言うと言いだした。
俺は去ろうとする彼女の手を掴み。そしたらあいつはバランスを崩して、階段から……。
「あれは事故、事故なんだ! 警察が俺を捕まえてないのが、その証拠だ」
「ならどうして、アナタは怯えているのですか? 確かに故意に落としたわけではなかったのかもしれませんけど、アナタは救急車も呼ばずに逃げたと、寺田さんが言っていますよ」
「幽霊なんかの言うことを信じるのか? 死んだ人間の発言なんて、証拠にはならない!」
「『幽霊なんか』とはなんですか! 私達は、祓うだけが仕事ではありません。ちゃんと声を聞いて受け止めるのが、祓い屋なんです! それに、彼女は死んでなんかいません。まだ生きていますよね!」
責めるような目を向けながら、水原さんは言い放つ。こいつ、どうしてその事を?
「彼女は生き霊。本体はおそらく、どこかの病院で入院中といったところでしょうか。最近同じような霊と会ったばかりなので、分かるのですよ」
彼女の言う通り。あの時俺は逃げたが、寺田は近くを通りかかった人に発見され、病院に運ばれた。あれから気になってこっそり調べているが、意識は無いらしく。かわりに俺の所に、夜な夜な現れるようになったんだ。
「アナタはさっきから再三、祓ってほしいと言っていますけど、それは寺田さんの魂をあの世に送ってくれほしいと言うことですか? そうすれば彼女は目を覚まさない。悪事が露見せずにすみますから」
「ち、違う。俺はただ、怖いから祓ってほしかっただけで。だいたい、あんたは祓い屋だろう。良いからさっさと祓えばいいんだ!」
「ええ、祓いますよ。けどそれは、あの世に送るのではありません。抜け出した魂を、元の体に返すのです。そうすれば、彼女は目を覚ましますから」
「なん、だと……」
さっきまで興奮して熱くなっていた頭が、水をかぶったみたいに冷たくなる。
水原さんに言われたことは、おおむね当たっていた。難しい事はよくわからないけど、寺田の幽霊を祓えば呪われずにすむのはもちろん、アイツが目覚めることもなくなるんじゃないかって、勝手に思ってたんだ。
だけど、目を覚ますだと? そうなったら、俺がやってきたことが全部バレるじゃないか。
水原さんは俺から目をそらすと、見えない寺田の幽霊に話しかける。
「アナタも、罪を犯す必要なんてないのです。納得できない事情があるのなら、目覚めた後で改めて考えましょう。今からアナタを、元の体へと送ります」
――っ、待て!
「迷う者、荒ぶる魂、鎮まり……」
「やめろぉぉぉぉっ!」
冷めていた頭が再び熱くなり、俺は無我夢中で水原さんを床に押し倒した。
「————っ! 何をするのです⁉」
「お前が……お前が悪いんだ。余計なことをするから。寺田が死んでくれれば、それでよかったのに!」
「アナタは人の命を、何だと思っているので――痛っ⁉」
考えるよりも先に、俺の手が彼女の頬を強く叩く。
ヤバい。殴ったのはまずかったか? いいや、言うことを聞かないコイツが悪いんだ。
そう自分に言い聞かせながら、今度は苦痛で顔を歪める水原さんの首へと両手を伸ばす。
「止めて……くだ……さい。こんなことをして……も、アナタはいずれ捕まりま……すよ」
水原さんは抗議したけど、今更止めるわけにはいかないんだ。
首を絞める手に、グッと力が入る。そうだ、俺は悪くないんだ。
ワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルクナイワルク……。
「除霊キィィィィック!」
「がっ⁉」
水原さんの首を絞める中、突如頭に衝撃が走った。
首がちぎれるんじゃないかと思うくらいの一撃を受けた俺はそのまま後ろにぶっ飛び、仰向けになって倒れた。な、なんだいったい……あっ!
痛みを堪えながら体を起こすと、いつの間に部屋に入ってきたのか。そこには鬼の形相で俺をにらむ、女が一人……いや、違う。
それは一見すると、怒ってさえいなければさぞ可愛いであろう美少女だったけど、よく見ると服もズボンも男物。
水原さんと同い年くらいの、少年だった。
な、何なんだコイツは。そういえば水原さん、後で先生が来るって言ってたっけ。コイツがそうなのか? さっき聞いた感じじゃ、もっと大人だと思っていたんだが。
混乱する俺をよそに女のような少年は、さっきまで首を絞められていた水原さんを見る。
「大丈夫、トモ?」
「げほっ、げほっ!」
喉を押さえながら、ゲホゲホと咳き込む水原さん。だけど少年の顔を見るなり、彼女は目を見開いた。
「えっ……ど、どどどどうしてっ⁉」
「良かった、意識はハッキリしてる。どこか痛い所はない?」
「へ、平気です。それより、どうしてアナタがここにいるのですか、葉月くん⁉」
まるで俺のことなんて忘れたように口をパクパクさせながら、水原さんは少年を見つめた。
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