ある男性からの除霊の依頼
霊に取りつかれた男
今日は日曜日。ですが学校はお休みでも、祓い屋のお仕事はあります。
列車を乗りついでやって来たのは、とあるアパート。ここに、今回の依頼者が住んでいます。
祓い屋協会に相談してきたのは大場さんという30歳男性の方。何やら霊関係で困っている事があるらしく、詳しい事情は会ってから話すそうですが、その前に。
私はスカートのポケットからスマホを取り出すと、事務所に電話を掛ける。
「もしもし水原です。今アパートに到着しました。これから依頼者の所に向かいます」
『お願いね。水原さんなら心配ないと思うけど、しっかり頼むわよ』
電話に出たのは、祓い屋事務所職員の前園さん。そして彼女は、思い出したように言います。
『あ、そうそう、今日は火村さんも行くことになったから、後で合流してね』
「悟里さんが? それはまたどうして?」
『ほら、前に水原さん言ってたじゃない。一人じゃ何かと危ないから、仕事には二人以上で当たった方がいいんじゃないかって』
そういえば以前、廃校の動画投稿者の霊の事件の後、そんな話をしましたっけ。
けど祓い屋は万年人手不足。なのに大丈夫なのでしょうか?
『正直余裕があるわけじゃないけど、水原さんの言うことももっともだからね。特にアナタは腕が立つとはいえ、まだ高校生なんだから。用心しておいた方がいいでしょ』
まあそうですね。何だか半人前扱いされてるみたいなのが、ちょっと引っ掛かりますが。
あの人だったら私と歳が変わらなくても、もっと信頼されてるのかもしれませんけど……。
『水原さん、どうかした?』
「何でもありません。話はわかりました、私は先に現場入りしていれば良いのですよね」
『うん、お願いねー』
明るい声を残して通話は切れて、私はアパートを見上げます。
さあ、今日もお仕事です。
◇◆◇◆
やめろ……やめろ……もう勘弁してくれ!
アイツが俺の前に現れるようになったのは一週間前。夜中寝ていたら急に息苦しさを感じて、目を覚ました。
目を開けた先には、見知った自宅の天井があるはずだった。だけどそこにあったのは重力に逆らい、ふわふわと宙に浮いているアイツの姿。
呆然とする俺を、ヤツは氷のように冷たい目で見下ろしながら、ゆっくりと口を動かした。
……ユルサナイ。
俺は恐怖のあまり再び意識を失い、次に目覚めた時には外が明るくなっていた。
寝間着は汗でグッショリ濡れていて、長い間眠っていたのに、かえって疲れたよ。だけど、悪夢はそれで終わりじゃなかった。
それから毎晩のように、アイツが夢に出てくるじゃないか。
耐えきれなくなった俺は、この事をその道のプロに相談することにした。科学では解明できない心霊現象の専門家、『祓い屋』に。
本当は相談するか、最後まで迷ったよ。アイツとの関係を、知られたくなかったから。だけど背に腹は変えられず、苦渋の決断だったのだが……。
「なるほど、わかりました。話を聞く限りでは、その霊は大場さんに取り憑いていると見てよさそうですね」
俺の話を聞いて頷いているのは、やって来た祓い屋。だけど彼女、若すぎないか?
どこかの学校の制服を着たツインテールのこの子は、水原知世さん。本当に任せて大丈夫なのか?
「大場さん、どうかしましたか?」
「ええと、君高校生くらいだよね。若いのに、もう働いているのかと思って」
「それは私が、頼りなさそうと言うことでしょうか?」
「いや、その……」
図星をつかれてしまったが、彼女は気を悪くした様子を見せない。
「よく言われます。けど、ちゃんとお祓いはできるのでご安心を。それにもう少ししたら、私の先生も合流することになっていますから」
その先生と言うのは、口ぶりからして大人なのだろう。だったらその人が来てくれるまで、お祓いは待ってもらうか?
いや、まてよ……。
「失礼なことを言ってゴメン。けど君、ちゃんとお祓いはできるんだよね。だったら今すぐ始めてくれないかな」
「今すぐですか? でも、先生が来てからの方が、アナタは安心なんじゃ」
「いや、君も腕は確かなんだろう。頼む、もう限界なんだ。一刻も早く祓ってくれ」
「まあ、そこまで言うのなら」
よし、上手くいった。
だますみたいで悪いけど、この件に関わる人間は少ない方がいいのだ。あの事に、気付かれたくないからな。
ちゃんと祓ってくれるなら、この子でも構わない。
「ではいくつか質問させてもらいますけど、夜な夜な現れるのは二十代くらいの女性の霊で間違いありませんね」
「ああ。髪の長い、ベージュ色のジャケットを着た女の霊が、毎晩現れるんだ」
「取り憑かれたことに、心当たりはありませんか?」
「な、無い無い無い! あんな女のことなんて、俺は何も知らないんだ!」
言いながら、背中に汗が流れる。頼むから、余計な詮索はしないでくれよ。
「妙ですね」
「な、何がだ?」
「何の関わりもないのに突然取り憑かれるなんて、普通はあり得ないのですけど。本当に心当たりはありませんか? お墓を蹴飛ばしたとか、外から何かを持ち帰ったとか?」
「う、うーん。それならもしかしたら、酔った勢いでついやっちゃった……かも?」
酔った勢いでお墓を蹴るなんてろくな大人じゃないって思われたかもしれないけど、この際それでも構わない。
何でもいいから、祓ってくれればそれで良いんだ。
「とにかく、その霊を呼んでみましょう。大場さん、そこに立って、動かないでください」
「ええと。こうかな?」
「はい。では、呼び出しますよ。迷う者、荒ぶる魂、鎮まりたまえ――現!」
俺に向けて何か印のようなものを結んだ瞬間、室内の温度が下がった気がした。
今は11月。もともと寒くなっては来ていたけど、まるで真冬のような寒気が、全身を襲う。
「み、水原さん。今のは?」
「霊を呼び出すため、術を使いました。……アナタが、大場さんに取り憑いている方ですね」
水原さんはそう言って俺……いや、俺の後ろの、誰もいない空間をじっと見つめている。
ひょっとしてそこに、アイツがいるのか? 怖くなった俺は水原さんを盾にするように、彼女の後ろに回り込んだ。
「私から離れないでくださいね。そこのアナタ、何故大場さんに取り憑いて……きゃっ!?」
そこにいるであろう幽霊に向かって手をさしのべた水原さんだったけど。まるで静電気を食らったみたいにバチッと手を弾かれ、同時にパンパンと言うラップ音が、部屋の中に響く。
この現象は俺でも知っている。ポルターガイストだ。
「ど、どうなったんだ?」
「霊を呼び出すことには成功しました。髪の長い、ベージュのジャケットを着た女の人の霊、間違いはないでしょう。けど彼女、冷静さを失って暴れているのです」
「だったら早く、地獄にでも送ってくれ!」
「地獄って、彼女はまだ……。とにかく、まずは大人しくしてもらわないといけませんね。迷う者、荒ぶる魂、鎮まりたまえ――滅!」
水原さんが手をかざした瞬間、一際大きなパンと言う音がして、今まで聞こえていたラップ音が、ピタリと止まる。
俺には何も見えなかったけど、水原さんがそこにいた霊を攻撃したのは、何となくわかった。
「やったのか? もう祓えたのか?」
「いいえ、弱らせただけです。けどこれで、暴れることはできません。これでようやく、話をすることができますよ」
「話って、そんなことしてる場合か! まだそこにいるのなら、とっとと祓ってくれ!」
「ですがどうしてこんなことをしたのか聞かないと、本当の意味での解決にはなりません。アナタ、名前を聞かせてもらえませんか?」
身を屈めて、そこにいるであろう霊に話しかける水原さん。
けど待て! 余計なことを聞くんじゃない!
「寺田良美、それがアナタの名前ですね。では寺田さん、アナタはどうして大場さんに取り憑いたりしたんですか……えっ?」
ゆっくりとこちらを振り返る水原さん。ポルターガイストが起きた時も冷静だった彼女の目は大きく見開かれていて、信じられないといった様子で俺に目を向ける。そして……。
「寺田さんは、階段から突き落とされたと言っています。……大場さん、アナタから」
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