ただ今修業中
祓い屋の里に引っ越して来てから1ヶ月。ここでの生活もだいぶ慣れてきた。
悟里さんが言っていた通り、里の人はわたしのような見える人を差別しない。
住んでいるのはおじいちゃんおばあちゃんが多いこともあって、わたしはまるで孫みたいに、みなさんから可愛がられている。
そして、さすが祓い屋のプロを育てる里。家の裏山には修行場と呼ばれる広場があるの。そして日曜日の今日、わたしは悟里さん指導の元、除霊の特訓をしていた。
「それじゃあ確認するけど。知世ちゃん、霊を成仏させたい時は、どうするんだっけ?」
伊達メガネをかけて先生モードになっている悟里さん。どうやら先生と言ったらメガネのイメージがあるみたいで、修行の時はいつもこのスタイルなの。
対してわたしは上下ともジャージ服。ピンと背筋を伸ばして、悟里さんの出す問題に答える。「はい、手に意識を集中させながら、心の中で『成仏してください』、『安らかに眠ってくださいって』念じながら、『浄!』って言います」
『浄』は『浄化する』って意味で、霊をあるべき所に還すことができるの。
慣れた人だとわざわざ声に出さなくても成仏させられるんだけど、ちゃんと言葉にした方が効果があるって、前に教えてもらった。そうすることで、術に力が宿ってパワーアップするんだって。
「正解。だけどこれだけですべての霊を成仏させられるわけじゃないね。例えば我を忘れて人に危害を加える悪霊は、この成仏してくださいって声を聞いてはくれないから、まずは暴走を止めなくちゃいけない。そういう時は、どうしたらいい?」
「攻撃術の『滅』を使って、悪霊を弱らせます」
『滅』の使い方もほとんど『浄』と同じ。相手に手を向けて、声に出すの。
ただ『浄』と違うのは、成仏してくださいって思うんじゃなくて、攻撃をイメージしなくちゃいけないこと。わたしの場合、指先から矢を放つようなイメージをしているけど、こっちは『浄』よりも苦手なんだよね。
他にも術はたくさんあるけど、今習っているのはこの二つ。
『浄』が使えないと成仏させられないし、『滅』が使えないといざという時に身を守れないから、祓い屋はみんな最初にこの二つを覚えるそうだ。
「よくできました。それじゃあ今日は実戦訓練をしてみるけど、風音はまだ来ない……」
「ごめーん、遅れたー!」
声のした方に目を向やると、山道の向こうから、私と同じくジャージを着てリュックを背負った風音くんが、こっちに駆けてくる。
「ごめん、じいちゃんの手伝いしてたら遅くなった。修行、まだ始まってないよな?」
「大丈夫、今から始めるところだよ」
「よかったー。トモ、今日はよろしくー!」
ニカッと笑ってくる彼に、わたしは小さなお辞儀で返事をする。会ってからまあまあ経ってるのに、まだ風音君との距離がつかめてないんだよね。
悪い子じゃないって言うのは分かってる。彼はおじいちゃんおばあちゃんと暮らしていて、その二人も祓い屋。つまり風音くんは、代々祓い屋の家の子なんだって。
そのためか腕はとても優秀で、一緒に修行するといつも力の差を見せつけられるの。けど実はそれが、苦手意識が拭えない原因なんだよね。
だって一歳しか違わないのに、力の差は歴然なんだもの。風音くんを見ていると、わたしはダメダメなんだって思っちゃう。
逆に風音くんの方は、いつの間にかわたしのことを『トモ』ってあだ名で呼ぶようになって、相変わらずフレンドリーだけど。
「それじゃあ始めようか。二人とも、今日の相手はこれだ!」
実はさっきから気になっていたんだけど、悟里さんは段ボール箱を用意していて。その中から次々と、ぬいぐるみを取り出していく。
くまさんやうさぎさんといった、合計8体のぬいぐるみが地面に並べられたけど、これが相手ってどういうこと?
「今からあれを、師匠の術で動かすんだよ」
困惑していると、風音くんがそっとささやいてくる。けど術で動かすって、どう見てもただのぬいぐるみなのに?
「あれらはさ、元は供養を頼まれた、魂の宿ってたぬいぐるみなんだ。もうお祓いはすませてあるんだけど、一度魂が宿った器は、その後も霊的なものを取り入れやすくなるんだよ。見てなよ、師匠が霊力を込めたら、式神として使役できるんだから」
「悟里さんって、そんなこともできるんだね」
式神というのは、祓い屋をサポートして戦ってくれる使い魔みたいなもの。前に習ったことはあるけど、見るのはこれが初めて。そんなのと戦わなくちゃいけないのかあ。
「式神って、強いのかな」
「あんまり強くないと思うよ。器がぼろぼろのぬいぐるみじゃ、大した力は出せないんだ。まあ心配しなくても、何かあったら俺が守ってやるから、安心しなよ」
「……守ってもらわなくても平気だから」
素っ気ない返事をして、スッと視線をそらす。つい失礼な態度をとっちゃったけど、わたしは守ってもらいたくないんだよ。
確かに風音くんはわたしよりずっと強いよ。けどわたしだって強くなりたくて、そのために悟里さんに弟子入りしたんだもの。
霊が見えるだけで、何もできないなんて嫌。だから風音くんには、頼りたくないんだ。
「さあ、準備は良いかな。いくよ……『操!』」
顔の前で両手を合わせて、術を発動させる悟里さん。すると今まで横たわっていたぬいぐるみ達が、ムクリと起き上がった。あれを、やっつければいいんだね。
わたしは手の震えを抑えながら、動き出したぬいぐるみ達を迎えうった。
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