第29話 妹の言葉:兄

「ねぇ、あなた、妹と会うのは授賞式の後でしょ?」

「いやそうなんだけれどさ、直接見ることが出来そうになくて……」

「それでもう、スタンバっているの?」


 俺は今、妹の授賞式が行われている、三ホールの出入り口にスタンバっている。るみたん、いや、妹がここに来てくれるまで、待っているのだ。

 そして、俺の横には、これは、真のねねちゃんだからね、と意味不明なことを言って、超絶美少女が付き添ってくれている。今、ここに入ることが出来たのは、寧々子のおかげで、さっきまで、入り口で怪しいものがいると騒がれ、俺は警備員と揉めていた。


「いや、助かったぜ、寧々子……」

「フンっ、この借りは高くつくわよ」

「え?そんなの聞いてねぇぞ?」

「あ、じゃぁ今、追い出してあげてもいいわよ」

「すいませんでした、なんでもします」

「言ったわね、約束よ!」


 実は、揉めていたところに美人の寧々子がたまたま登場し、これ私の連れですと、警備員に説明をして、俺はピンチを脱出できたのだ。寧々子がいなかったら、妹に会えないところだったぜ。


 さすが、元、トップガール。


 そして、寧々子はなんでもいうことを聞いてもらうからなんて、嬉しそうに横にいる。まぁ、妹の為だ、しょうがない。なんだってしてやるさ。


 授賞式開始までは、まだ時間があったので、俺たちはいろんなおしゃべりを繰り広げていた。


「ねぇ、なんであなた、ケンって名前なわけ?本名って何?」

「え、本名は高井廉」

「あ、レンと発音が似てるから、ケンになったわけねぇ。漢字はケンって間違えて読む人とかもいるからとか?そういう関連?」

「お前さ、勘が鋭すぎて怖いぞ」


 正直、ここまですぐ気が付かれると、どんな脳みそしているんだと、聞きたくなるくらい怖い。初めて会った時から感じていたが、彼女は変な能力がある気がする。


「ちょっと、今何考えてた?」

「いや、怖えなと……」

「妹への愛が強すぎて、あんたの方が怖いけれど。正直その恰好、引くわよ」

「え?いいだろ、男らしくて」

「いやあんたそれ……」




「結婚式で、新郎が着る服じゃない、どっから持ってきたのよ」




「え、普通に使うからって、ブライダルストアで買ってきた」

「あ、あ、あ、あほじゃない!?店員さん、はてなでいっぱいだったでしょうね!?」

「ああ、そうかも」

「妹の事になると、ほんとあなた、やばいわ」




 寧々子は若干引いているが、今日の為に、俺は新郎が着るホワイトでカッコいいスーツを仕立て、用意したのだ。髪型は、男らしくワックスでダンディーに固めて、今、俺はいつでも妹へ愛の言葉叫べる状態だ。


「で、そのバラ、いくらしたのよ」

「んーー三十万?」

「さ?ささささあ?さんじゅうですって?」

「一本一万を三十本」

「うっ、気持ち悪っ」


 俺が片手に持つ大きな花束を、寧々子はもう、おえっと舌を出して、気持ち悪がっている。そんなに、妹への愛を気持ち悪がらなくったっていいじゃないか。兄がこんなにも、家族想いだなんて、素敵だろう?俺は、寧々子の反応は気に入らないが、いつもの事なので、話し続ける。


「妹がトップになることが出来て、幸せだ」


 俺がポロリと、心からの気持ちを喋ると、ムスッと顔を歪めて、寧々子は返す。


「それ、私の前で言う?」

「あ、すまん」

「まぁ、私も嬉しいけどね」

「え?」



 てっきり、空気が読めないなんて、怒られてしまうのか、と思っていた。最後の最後で、トップの座を取られたのに、案外平気そうな顔をしているのだ。

 



 不思議なやつ……。




 あ、そうだ、るみたんのツリッツァーに一応連絡しておこう。




〝今、三ホール、出入り口で待機中。受賞はウェブ配信で見届けます〟




 これで、もう待っていることがわかるだろう。




 俺は、ここに来たことがわかるように連絡を入れておいた。ドキドキと胸が高まってしまう。




――――ブーーーー




 そして、授賞式開始のブザーが鳴り、中継が始まった。




 

「さて、皆さんお待ちかねの、二〇二十年のトップガール!」



「るみさんの登場だあああああああ」



 そして、大物アナウンサーの掛け声とともに、妹が壇上へと足を進め、姿を現し始める。



「やっべ、超綺麗……ど、どうしよう……、や、やべぇ」

「あなた、ほんっと気持ち悪い」



 俺は、手を口で押えて、顔を赤らめる。そんな俺を、寧々子は気持ち悪ッと細目で睨みつけていた。



 しかし、こんなに素敵な妹の姿を見たのは初めてだから、どう反応していいのかわからない。



「プリンセスだ」

「ちょっと黙って」



 俺は、寧々子に怒られながら、配信を覗く。



 あまりの妹の、大人な姿に、言葉がもう出ない。



 妹は黄金の座椅子に座り、輝いている。



 そして、トップを受賞した気持ちをこれから妹は話し始める。



 マイクを持ち、一言づつ、ゆっくりと妹は口を開いていく。




「始まるわね……」




 俺はドキドキしながら、妹の姿を見つめる。




「この度は、私の為に授賞式を開催してくださり、ありがとうございます。正直、今も信じられていません。とても嬉しく、感謝でいっぱいです。そして、ファンのみんな!沢山私のお話を聞いてくれてありがとう!お話をしてくれてありがとう!それが何よりも嬉しく、幸せです。本当に本当にありがとう」


「そして、私の大好きなねねちゃん!トップのお祝いをしてくれてありがとう!相談に乗ってくれてありがとう!私が明るく生きられる世界を教えてくれてありがとう!今度必ず、お礼をします」





「ありがとな、寧々子」

「いいのよ」




 寧々子のおかげで、妹は本当に素敵な人生を手に入れたと思う。俺は寧々子に感謝をしている。ありがとう。

 心でも寧々子にお礼を言っていると、妹は続ける。





「あと、最後に大きな投げ銭をしてくれた方。誰だかわからないけれど、とてもびっくりしたし、嬉しかったです。いつか、お礼をさせてください」





 そう、妹が話すと、寧々子が横で呟いた。


「もちろん、してもらうんだから、一千万分」


「え、ちょ、お前。まさか」


 まさか、あの投げ銭が寧々子だなんて言うんじゃないだろうな!?


 ど、どういうことだよ!!


「それは、とりあえず後で話すから。ケン、今は、これからあなたへ、妹からの大事なメッセージの時間よ。よく聞きなさい」





 俺は、寧々子に、今それはいいからと妹の言葉をよく聞くように促されたので、ゴクリと唾をのみ、ドキドキを増やして画面を凝視する。


 さて、プリンセスるみたんは、俺にどんな言葉を送るってくれるのだろうか。






「そして……」






 妹は深呼吸をして、言葉を伝え始める。






「私を最後まで、愛し、応援してくれたケンさん……」






「あなたへの感謝は語りきれません……」






「だから……」





 

 だ、だから!?な、何を言うんだろうか……。


 ダメだ、心臓が飛び出そうだ!!!!!




 妹はそこまで話すと、ポケットから何やら四角いネイビーの箱を取り出して、両手で掲げて持ち、会場にいる全員に見せつける。





 

 そして。






――――パカッ






 中身を空けて、こう叫び、ヒールを脱ぎ捨て、走り出したのだ。






「結婚してください!この指輪は、あなたのくれた投げ銭の総額で買いました。七百万円です!今、その扉の向こうにいるのでしょう!待っていて!」






「こんな気持ちにさせて、責任を取ってもらうんだから!」






――――ザワザワザワザワ






 妹は自分がいた会場の階段を素足で登り始めている。





 俺のいる場所へ向かって……!!





 ちなみに俺は、妹が登り切った階段の先の扉の前にすでにいる。





「け、けけけ、結婚!?は!?どういうことだよ!!て、妹となら……って違うううううああああどうしようでも、えっと、落ち着け俺、どうする!!」


 俺は予想もしなかった出来事に、動揺しながらも一生懸命どうするべきか頭を回した。まさか、ここでそんなワードが俺に向かって飛び出してくるなんて思ってはいなかった。


「バカじゃないの!!行くしかないわよケン。もう、その恰好じゃないの!!だから、王子の恰好で来たのでしょ!?はやくシンデレラを迎えなさい!!」


「ああああ!!?ああ、ああ、そうさそうだとも。行くさ、行ってやるさああああうららああああああ!!!!」


 寧々子に言われ気が付く。そうだ、俺が何故この格好で来たかって……そういうことだっっ!!そうだともっっ!!





 俺は、妹がこちらに到着する前に、目の前のホールの扉を勢い良く開けた。






――――バーーーーーン






「え、ちょ、なんでおにぃ……」






 そして、目の前に登場したシンデレラにこう叫んだ。






「お前の大好きな、ケンさんは、この、俺だあああああああああ!!もちろん結婚するに決まっているうううううう!!」







――――ザワザワザワザワアア







「えぇ!?ねぇ、え?今なんて?まって、何?あんた!?嘘でしょ、なんでこんなところに……」






「もう一度言う、俺が、ケンだああああああああああああああ!!」






 会場はとんでもない盛り上がりで大変なことになっている。


 皆、なんだなんだと立ち上がってスポットライトが当たるこちらを見つめながら大きく盛り上がり、騒ぐ。






 そして、俺は妹に渡したかったバラの花束を差し出し、固まるトップガールの前で跪いた。






 しかし、愛する妹の口からは、こんな言葉が天に届いてしまうくらいの悲鳴となって叫ばれた。






「そそ、そ、そ、そ……」






「そんな、投げ銭は……お兄ちゃんだったのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ」






――――バタン






 そして、意識を失って倒れた妹は救急搬送されてしまった。

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