第20話 ねねと遭遇:兄

 月曜日、二十二時半。俺はるみたん、いや、妹の配信を聞くために、会社近くの夜の公園にいる。

 こんな暗く寂しい公園で、若い子の配信を聞いているなんて、会社の人が知ったら引くだろう。

 正直、家で聞くべきなのだが、まだ勇気が出ない。大好きな妹が隣にいると思うと、落ち着けない。最近の妹は、家で過ごす時もとても綺麗で、昔よりもずっと可愛い。よく見るようになったからか、一気に大人気なった気がする。変わったように見えるのは、お菓子を貰った時からだろうか。でも、俺はとにかく、妹を気にしすぎてしまっている。


 妹を、心から応援すると決めたものの、まだ、コメントできずにいるのだ。

 投げ銭だって送りたいし、喜ぶ顔だってたくさん見たい。

 しかし、妹と分かってから、俺は行動が出来ないのである。妹だから。


「だめだ、いつまでこんなことしてんだ」

「ほんとですわね!」


「え?」


 声のした方へ振り向くと、俺が座る公園のベンチの隣には、丸い眼鏡をかけたボブヘアの謎のパーカー少女が座っていた。


「い、いつからおまえいた!?」

「ずっといましたけれど!」


 驚く俺など気にせずに、少女はフンっと腕を組んで話してくる。こんな夜に、若い子が何してんだ。警察にでも見られたら間違いなく俺は不審者だぞと、周りをきょろきょろとしていると、少女は俺に叫ぶ。


「あなた、今、あたしの高校に殴り込みに来た、るみの配信を聞いてましたわね!一週間以上前もあなたはここでずっと、るみの配信を聞いていた……わざわざあたしの家の前で何を見せつけに来たのよ!」

「え、家の前!?」


そう俺が言うと、少女はベンチの後ろを指さして、ここよと叫ぶ。指のさした方向へ振り向くと、一軒家があり、二階の少し豪華なベランダからは、このベンチが丸見えであろうと思われた。 


「お前、あのベランダから見ていたのか?」

「ええ、まぁ」


 俺は驚きを隠せないのだが、疑問が多くあった。まず、るみを知っていることは気になる。アイトプをやっていたらわかるかもしれないが、そんなに全国民が知っているほどでもない。この少女はファンだろうか。いや、その前に、私の高校に殴り込みに来たと少女は言っていたな、一体どういうことだ?


 俺は、聞かなければと口を開こうとすると、少女が先に口を開いた。


「この、アイガールナンバーワンねねの家の前で、るみの配信を聞こうだなんて……その精神はどこからくるのかしら!?」

「え、あんた、ねねちゃんなの!?」

「ひ、ひどっ。……知らないですって!?」

「えっと、いや、よくわかんないけれど、あんた、ねねちゃんなんだ……え、やばすぎないか、その容姿。ホントか?てか、コイツが本物のねねちゃんなら俺はねねちゃんの家を知ってしまったわけか」

「ひっ。ス、ストーカー!?」

「いや、いや違うって!勘違いするな!誤解だ!てか、うちの妹が、あんたの高校殴り込みに行ったってどういうことだよ!?」

「い、妹ですって!?まぁもういいわ、家に入りなさい!いいから」

「え!?ちょ!?こんな時間に!?」


 話はお互い混乱状態のまま、俺は強引に押され、ねねちゃんの家に入ることになってしまった。三十近いおっさんが、高校生の家に夜中に入るなんて、かなりやばい展開に思えるのだが、大丈夫だろうか。


「お邪魔します……てか、入って大丈夫か?俺、警察が来て、捕まったりしないよな?」

「安心しなさい」


 そう言われても、不安に思いながら、豪華な玄関から案内されて大理石のリビングへ進む。月曜の夜の一軒家は、両親がいてもおかしくないのに、誰もおらず、寂しい空気が漂っていた。


「一人暮らし?ではないか……」

「母は世界を旅する医療関係者、父は土地を研究して旅する、博士よ」

「す、すげえ」


 寂しいだろうな……と思っていると、高そうな椅子に案内されたので座った。


「ねぇ、るみってあんたの妹なの?てことは、私にそれを公園から見せつけて、挑発してたってわけ?」


 とんでもない誤解をされているようなので、俺は誤解を解くためにちゃんと話す。


「いや、そんなんじゃない。俺はこの家がねねちゃん家だと知らなかったし、妹が仮面を取るまではるみが妹だなんて知らなかったんだ!」

「え、じゃぁなんで、家の前にいたのよ!?」

「たまたまだってば。るみたんが、俺のるみたんが妹だって知ってから、どう接していいかわからなくて、自分の隣の部屋にいると思うとソワソワして、家で落ち着いて聞けないから、公園で聞いてんだろ!」


 俺は頭を大きく抱えて訴えた。すると、ねねちゃんはものすごい顔で、俺に矢を投げる。


「きっきもちわるっ」

「ぐっ。おい、気持ち悪いとはなんだ」

「いや、妹好きすぎじゃない……気持ち悪いわよ……」

「う、うるせえ!しょうがないだろ、大好きなるみたんは大好きな妹だと後からわかったんだから!こっちだって混乱してんだ!妹だってわかってから、コメントもできてねぇんだよ」

「それ、妹は知ってるの?」

「多分知らん」

「ねぇ、ちょっと待ちなさい。あなた、るみファンで有名なケンじゃないでしょうねぇ!?」

「お前怖いな、やばいぞ。何故わかる!?」

「やっぱりね。だって、るみの配信、あたしも覗いてるもの。るみファンも全てリサーチ済みなんだから!アイトプの視聴用サブ垢であたしだってわからないようにして、ちゃんと見ているのよ!最近コメントが無い、るみファンのケンは有名よ!そして、あなた、大学生じゃないじゃない。そのスーツと容姿はどうみてもおじさんね。おかしいと思っていたわ……だって、ツリッツァーに書いてある、あなたの情報、古いもの。何年か前の日付で、大学生の投稿なんて、今何歳!?て、普通なるわよ!それに気が付かない兄妹って、馬鹿なの?しかも、あなたたちの今までのやり取り……」

「え、こわ……、あんた怖いよ。そして、俺はやばい、それは気が付かなかった。確かに年齢の辻褄がそれは合わない。やべぇ。てか、その話言わないで!俺恥ずかしくて顔上げられなくなるから!」


 フンっと腕を組み、テーブルをはさんだ先の豪華な椅子で足までクロスして堂々と言い放つねねちゃんだが、言っていることがめちゃくちゃ怖い。大学生の投稿を、投稿日で年齢が判明してしまうことを気が付かなかったのはかなりのミスだが、それ以前にコイツはめちゃくちゃリサーチしてやがる。そして、今までのやり取りについては、恥ずかしすぎて触れられたくない。俺と妹が、お互いが兄妹だと、わかっていないまま、兄妹愛を熱弁していたからである。

 てか、まだ高校に殴りこんだことを聞いてないぞ。もしかして、そこまで妹の配信を覗き込み、敵視するのには、その出来事に理由が!?そう思っていると、ねねちゃんは静かな声で眼鏡をクイっと指で上げながら、勝手に話し始めてくれた。


「あたしはね、応援してるのよ。あの子が殴りこんできた日、あたしのようになりたいって目が輝いていた。あの子は可愛くなるための方法が知りたくて、あたしに会いに来てくれたのよ、だから教えてあげたの」

「まぁ、負けないけれど!トップはあたしなんだから!てか、あんた、ここからどうやって帰るの?家近くなわけ?」

「ええ!?そうなのか!?そりゃ、ありがとな。て、トップは妹だ!俺はあいつを愛している!絶対トップにしてみせるんだ!あ、帰り、いや電車、って終電やべぇ!すまん出るわ!」

「ありがたく思いなさい!て、ちょ、きも!できるもんならしてみなさいよ!フンっ、て、えぇ!まだ、話すことあるわよ!まあもうしょうがないわ……フンっ」


 俺は急いで、鞄を持ち玄関へ向かう。こんな夜中に、いつまでも声を大にして、若い子と言い合っている場合ではないし、終電には間に合わせないと、さすがにまずい。明日の仕事に響く。


「あ、とりあえず、ちゃんと礼を言わせてくれ。ありがとな。妹の事。全然知らなくてさ」


 俺は、ねねちゃんに最後、きちんとお礼を言った。妹にいろいろ教えてくれたこと、兄として嬉しかったからだ。


 そして、俺がいなくなったら、彼女は家で一人きりなんだろうな、と考えていたら、なんだか胸が苦しくなり、つい、頭を撫でてしまっていた。妹を昔、こんな風に撫でていたっけ。


「っっっっ!!」

「あ、すまん!」


「ちょっと、こんなことしてないで、早く配信コメントしてあげなさい!あの子、仮面を取ってから、あんたに嫌われてしまったと勘違いをして、きっと今頃泣いているわよ!この、女心をわからない馬鹿者め!急いで愛のメッセージを送りなさい!るみファン第一位の座、誰かに取られちゃうわよ!てか、もうこれからはちゃんと自分の家で聞いて!」


 俺は正直、るみたんのこと、いや、妹がどんな気持ちでコメントが無いケンさんを待っているのか考えてはいなった。ねねちゃんに言われ、たしかにそれはまずいと急ぎながらも、初めて気が付く。


「え、そうか!?やべぇ、それなら早くなんとかしねーと。てか今日はもう配信おわっちまってるか、しょうがない、急いでDMする!それしかない!あと、家の前ですまんかった!」


「あと、あたしの名前は愛野寧々子(あいのねねこ)!ちゃんと覚えておきなさいよおおおおおおおおおおおお!」


 彼女は赤面しながら、涙目になって、玄関から俺を押し出した。外に放り出された俺は、駅方向へ全速力で走る。


「ねねちゃん、なかなか勢いのすごい子だったな……でも、良い子だった」


 ねねちゃんの力強い態度と言葉の数々に圧倒されたし、こんな夜中におじさんと少女が、大声で言い合ってしまい、近所に通報されていないかなんて不安になったが、ねねちゃんが妹を応援してくれていることがものすごく嬉しく、俺はにやにやが止まらなかった。


 そして、終電に間に合い、家に帰った俺は、るみ、いや、妹のツリッツァー配信用アカウントにDMを送った。


「必ず、トップにしてみせるからな!」

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