『生きたがり』の話


 あー、生きたい。


 そう思って何年の時をここで過ごしてきたのだろうか。


 小さなころからベッドの上で、周りを見渡しても白い壁とカーテンに、見知った人ばかり。


 何も変化がなくてただただつまらない。


 小さなころから身体に異常を抱えていた私は、満足に外に出ることすらできなかった。


 そんな状態で無意味に今日まで生きてきた。


 最初は外に行って、いろんなところに行きたい。みんなと同じように公園や学校で、走り回りたいと願っていた。


 しかしそんなことは私には過ぎた願いだと気づいてからは、ただ普通の生活を送りたいと願うようになった。


 でもそんな普通の願い、普通の人なら考えもしないようなことを、行うことすら私には許されないらしい。


 ずっと普通の生活をと考えていたら、気が狂いそうになった。


 自由に歩き回ることも好きなものを食べて、嫌いなものを残すことすら私には許されていない。


 こんなことを願うから苦しくなるのだ。そう考えて必死に普通の生活というものを考えないようにした。


 ベッドの上で生きながらえるために与えられた薬と食事をとることが、私にとって普通なのだと、そう思うようにした。


 でも精神がいくら楽になっても、身体が治ってくれるわけじゃない。


 私の身体はどんどん病魔にむしばまれていく。


 もう何も願わない。何も願わないから、せめてこれくらいのことを考えるのくらいは許してほしい。


 いくらみじめでも、ベッドの上から動けないとしても、一日でも長く生きていたい。


 この世にしがみついていたい。


 ただそれだけを思いながら、今日も誰かが剥いてくれた味のしないリンゴを咀嚼する。



 その時だった。

 昔より白髪としわが増えた母が泣きそうな顔で病室に飛び込んできた。


 泣きそうになっている、涙を必死に隠して目を真っ赤にしている母の顔は、これまでもよく見てきた。


 でも今日は嬉しそうにくしゃくしゃに笑いながら、涙を流す母。


 そんな母の表情は今までに見たことがなかった。


 母は足を止めて、そしてゆっくりと私に近づくと優しく私を抱きしめる。


「ど……たの……」


 まともにしゃべることすらできない。

こんな身体が恨めしい。


「落ち着いて聞いてね。……ドナーが見つかったの」


 母は嗚咽を漏らしながら私の耳元でそう告げた。


 母は泣き続け、私の頬を濡らす。 

 私に泣くような元気はないし、母が何を言ったのか理解できていなかった。


 しかし言葉が体中をめぐるように、徐々に、でも確実に理解していく。


 あー、もし神様いるのであれば私は感謝するのだろう。


 あー、本当に、本当に……。



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