第3話
学校のパソコン室は、昼だけ開放されている。早めに登校してきたシュウは、そこでいつものページを開いた。
「……あ」
政府は、戦死者の情報をできるだけ速やかに公表している。今でもまれに、子供が死んで悲しむ親がいるからだった。
そして、悲しむ友人はそれよりも多い。
チームメイトの名前を見つけたシュウは、しばらく視線を動かすことができなかった。
そして、肩を叩かれた。
「シュウ」
振り返ると、松葉杖をついたクラスメイトがいた。
「どうしたんだ、アラタ」
「事故さ。めったに通らない車にぶつけられた」
アラタはシュウに、右手を差し出した。困惑しながらシュウは、その手を握り返した。
「お別れだ。俺はもう、野球ができない」
手を離すと、アラタは部屋を出て行った。戦場に赴く青年の後姿を、シュウはまぶたに焼き付けようとした。
窓を打つ雨の音が、いつまでも続いていた。
朦朧とした意識の中で、シュウは中学時代のことを思い出していた。
勉強も恋もせず、毎日バスケばかりしていた。
決勝戦、40点差で負けて、皆で号泣した。
引退後、目標を失い、とりあえず受験勉強を始めた。
やる気がおきないときは、近くの公園にボールを持って行った。誰かがいた。バスケをした。
頭が痛む。記憶が歪む。あのときの仲間が、頭に回路をつながれ、月面のロボットを動かしている。
宇宙船が飛んでくる。必死に砲台を動かし、迎撃する。目標がずれ、敵機が突っ込んでくる。被弾。爆発。脳内に広がるノイズ。拡散し、目標を失うアイデンティティ。迅速な安楽死処置。
高熱の中、シュウは見た。自分が行くかもしれなかった戦場。
嘔吐しそうになるのを、必死で抑えた。両手に力を込めて、体を持ち上げる。何とか台所まで行き、水を飲んだ。
誰かが、自分の体を縛り付けているような気がして、シュウは身震いをした。松葉杖をついた自分が、クラスメイトに頭を下げている光景が浮かんだ。よろよろとその場に倒れこみ、冷蔵庫の前で眠ってしまった。
ニュースキャスターと、コメンテーター。いつもより暗い顔をしていることが、ツバサは気になった。
「……以上のように、三歳以内で二割、五歳以内で四割、七歳以内では実に七割の発症率となっています。松山さん、この事態をどう受けとめますか」
「実に憂うべき状態ですね。このデータが事実だとすると、ニューケースから生まれた子供が成人する確率は一割を割るということですから、百万の子供を作るのに一千万以上の生産が必要になってしまいます」
「それだけのコストを公費で担うのはばかげていますね。それに、死ぬとわかっていて育成するのも理に適っていないように思われます」
「そうですね」
なべの中では、たっぷりのおかゆがぐつぐつと泡を出している。ツバサはお玉で一口分すくい、味見してみた。
「うん」
大きく頷いた。
「実際すでに、アメリカではこの報告を受けて召集令の撤回を検討し始めています。このことについて松山さん、日本の対応というものはどうなるでしょうか」
「ええ、ニューケースの問題が改善されるまでは、若者たちに子供を生んでもらわないといけないわけですし、今すぐ召集令の見直しが必要でしょうね。このままでは、若者がいなくなり、私たちが老後にプロ野球観戦することもできなくなってしまいます」
「そうですね。私たちの娯楽の担い手を絶やさないためにも、若者を戦場から呼び戻すべきでしょう」
おかゆとお茶をお盆に乗せ、ツバサはリビングまでやってきた。
「今の聞いたか、みんな戻ってくるかもな」
ソファの上で毛布に包まったシュウは、鼻をぐすぐす鳴らしながら言った。
「だといいですね」
テレビの中では、すでに別の話題が語られていた。窓の外は真っ青な空、銀色に塗られた月が浮かんでいる。
「未来のプロ野球が危機らしいですし、私たちも子供作りましょうか」
おかゆをすすりながらシュウは、小さく笑った。
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