第2話

 二階建ての家の、一階の居間に布団が敷いてある。そしてシュウは、ぼんやりとした顔のままで朝食を作っていた。

 家族はいない。両親は疎開し、妹は召集された。

「おはようございます」

 喋っているのは、テレビの中のキャスターだった。

「先ほど入ったニュースですが、地球軍による宇宙軍機の撃墜数が遂に一万機を超えました」

 一応耳には入っているものの、シュウは料理を作るのに一所懸命だった。弁当のおかずも作らなければならない。

「また、日本の第三師団が月間トップの戦績を収めたということで、国連賞を贈られることが決定しました」

 目玉焼きが焦げてしまった。炊飯器を開けてみると、ご飯もぱさぱさだった。

「ま、いっか」

 今朝、シュウが喋った唯一の言葉だった。



 二時間に一本の電車なので、遅れるわけにはいかなかった。

 必死で走ってくる長身の少女は、シュウにとって初めての私服姿をしていた。青いパーカーだった。

「ごめんなさい」

 息を切らせながら駆け寄ってきたツバサの髪は、いつものポニーテールではなかった。肩までで、ばっさりと切られていた。

「おしゃれ?」

「ううん、動きやすいように」

 シュウにとっては久しぶりの、そしてツバサにとっては初めての合同練習だった。戦争を免除された高校生たちは、市を単位として一つのチームを作る。普段は自校で練習するが、時折大会に備え一箇所に集まってのだ。

 電車はがらがらだった。乗るべき人々が田舎に避難しているからだ。半分以上は若者で、大体はがっしりとした体つきをしていた。

 四つ目の駅で下り、無人の改札を抜けると、一台のマイクロバスがロータリーに止まっていた。すでに何人かの長身の少年少女が乗り込んでいる。

 シュウとツバサもそのバスに乗り、十分ほどで目的地に着いた。市民体育館だ。

 皆、地元で小さいころから活躍していたせいか、誰もが見知った顔だった。ただ、同じチームになったのは半年前からだ。

 メンバーは、男女それぞれ八人ずつ。軽いウォーミングアップをした後、男女混成チームでの紅白戦が始まった。シュウとツバサは別のチームになった。

 ゲームは淡々と進んだ。皆、作業をこなしているようだった。誰も声を出さなかった。

 それでも、シュウは楽しそうだった。ツバサのはずしたボールのリバウンドを奪い、親指を立てて見せた。

 電車の時間があるので、練習は夕方で終わった。一行は再びバスに乗り、駅まで送られた。

 そして一同は、呆然とした。改札の前に、張り紙がされている。

〈都合により、本日の営業は終了いたしました〉

 すでにバスは走り去っている。タクシーは三ヶ月前に姿を消してしまった。

 若者たちは、歩いて帰るしかなかった。

「静かですねぇ」

 そんな状況下でも、ツバサは能天気に笑っていた。

「考えたんですけど、宇宙人って、本当に都会を狙うのかな。田舎が安全とは思えないんですけど」

 シュウは空を見上げ、首をかしげた。、赤い夕焼けの中に、銀色の月が浮かんでいる。

「田舎を襲うのは、かっこわるいんだろうなぁ」

「まあ、田園を守るヒーローは見たくないですね」

 日が暮れても、二人はまだ家路の中だった。街頭は半分が切られている。通る車も少ない。

「すっかり夜ですね」

「ああ」

 周囲の建物も暗い。子供たちは部活、大人たちは逃避。

「手、いいですか」

「ああ」

 二人の町は、まだまだ遠い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る