銀と青の空
清水らくは
第1話
放物線を描いて、リングを潜り抜けていくボール。床を小さく跳ねるボールを、ゆっくりと取りに行くシュウ。
「あのー」
体育館に響いた、高い声。入り口に、長身の少女が立っていた。
振り返るシュウの顔を確認すると、少女は微笑んだ。
「シュウ先輩ですね」
「そうだけど」
シュウはボールを指の上でまわしながら、来客を眺めていた。
「私、入部します」
そう言うと少女は上着を脱ぎ捨てた。赤いTシャツが現れる。
「わかった」
シュウは、少女に向かってボールを投げた。走りながら受け取った少女は、ドリブルし、スリーポイントを決めて見せた。
「ツバサって言います」
ポニーテールが揺れていた。シュウは、小さく頷いた。
二限の終了を知らせるチャイムが鳴った。数学教師は生物の教科書を閉じると、早足で教室を出て行った。
がらがらの教室には、八人の生徒が残されているだけだった。そして誰も制服を着ていなかった。シュウはいつものように大き目のTシャツで、タンクトップの者もいれば、キャミソールの子もいる。
シュウは弁当箱を取り出したが、他の七人は次々に教室を出て行った。これからすぐに部活なのである。
時間は三時。
「シュウ先輩」
前の扉のころに、ツバサが立っていた。彼女はきっちりと指定の夏服を着ていた。
「お隣いいですか?」
「ああ」
ツバサは小走りにシュウに近づき、隣の席に座った。そして、かばんからパンとパックのジュースを取り出す。
「みんな、熱心ですよね。すぐに練習に行って」
「することがないだけさ」
シュウは食べかけのエビフライを弁当箱に戻した。
「食欲もないなあ」
グラウンドでは四人の野球部が練習を始めていた。その横では一人きりの陸上部員が幅跳びの練習を繰り返している。
二人はそんな光景をぼんやりと眺めていた。そして三十分ほどたって、ようやく食べ終わった。
ツバサは立ち上がると、制服を脱いだ。下にはすでにバスケ部のユニフォームが着られていた。
「どうしたんだ、それ」
「召集前に注文したのが、今朝届いたらしくて。さっき先生にもらったんです」
背中には、ツバサのではない名字がローマ字で書かれている。シュウは眉をひそめた。
「男子のも?」
「男子はないらしいです。すぐに召集令が決まりましたし」
シュウは立ち上がると、大きなため息をついた。
「さあ、俺たちも行くか」
次の日は休講だった。
戦争が始まってから、教師の多くが疎開してしまったため、学校の授業は激減してしまった。そして未成年者召集令の制定によって、中高生自体も九割がたいなくなってしまった。
そんな日でも、部活動だけはいつもどおりにある。
シュウの出したボールが、床にバウンドし、走りこんできたツバサの手の中に吸い込まれていく。そしてジャンプし、伸ばした右手からこぼれ落ちたボールは、リングを通り抜けていった。
「さすがだな」
シュウは素直に感心した。
「これだけが取り柄なんです」
ツバサは照れ笑いを浮かべながら言った。
二人にとって、そして今も学校に残る全ての中高生にとって、部活動こそが生き残る術だった。
宇宙からの襲撃者は、月面基地を攻撃した。何とか占領されずにすんでいるものの、宇宙軍は次から次に軍隊を送り込んでくる。一方地球軍にとって、月面基地の維持は様々な作業を必要とするものだった。月面基地で働くロボットたちは、地球から遠隔操作するのだが、この操作を行うには、熟練の技とたくましい精神、そして体力が必要だった。完全に神経をつながなければならないため、ロボットが破壊されれば人間のほうの精神も破壊される。精神を破壊された操縦者は、その場で安楽死にされる。
「先輩、私たちって運がいいと思いますか」
ドリブルしながら、ツバサは聞いた。
「さあ。ニューケースができたときから、子供たちはみんな不幸なんじゃないかな」
「そっかぁ」
二人はその後も、簡単な練習を続けた。二人しかいないので、仕方がない。
体育館の中には、他に誰もいない。卓球部は小体育館で活動しているが、この学校には、他の室内の運動部の代表者がいないのだ。
「でも……」
ツバサは、一時間ごとに雑談をしたがる。
「私は、戦争は行きたくないです」
「俺は……バスケが好きだから、なあ」
シュウは、センターライン上からボールを投げた。ゴールには少し届かなかった。
「早く戦争が終わってほしいよ。もう、三ヶ月は試合してない」
ツバサも、小さくうなずいた。
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